第25話:狩場形成_徳島侵蝕編③
ーー夜・徳島沿岸部付近
黒い手袋。
特殊警棒。
ナイフ。
俺はそれを一つずつ装備する。
(拳だけじゃ足りない)
理解した。
今のままでは届かない。
仕留めきれない。
(殺しきるための手段がいる)
手袋をはめる。
指に、わずかな圧がかかる。
(やり方を変える)
手元には地図。
大阪→兵庫から徳島へ。
海を跨ぐ線。
耳に、小型の無線を装着する。
ノイズ混じりの声。
加藤「聞こえる?」
久世「聞こえる」
ひとみ「こっちもクリアや。海沿いの車で待機中」
(……来てるな)
加藤「じゃあ確認。今夜、来る。“十人前後”って情報だったよね」
一拍。
加藤「信用してないけど」
久世「俺も」
ひとみ「その読みでええと思うで。」
少しの間。
加藤「海から来るのは確定。でもそれだけじゃない可能性が高い」
久世「分散だね」
加藤「うん。“十人”っていうのは、見せたい数の可能性がある」
加藤「だから、全部まとめて処理する」
ひとみ(この女、ちょっと見ん間に覚醒しつつあるやん。なあメル。この女のとこ、ちょっと探ってくれや。)
メル『いいけど、ちょっと寿命もらうよ?』
ひとみ(…こっちからのお願いには全部これや)
沈黙。
ひとみ「仕込みは済んどる。起動はこっちでやる」
久世「セットはしたけど、本当に…やる?」
ひとみ「ガツンといったろうや!」
久世(あんたはどう起動するかみたいだけだろ)
それ以上は言わない。
加藤「合図出してくれたら、押すね」
ひとみ「タイミングは任せるわ」
久世「了解」
加藤「……あと一つ」
久世「何?」
加藤「死なないでね。まだまだ稼ぎたいから」
ひとみ「それな。回収できんくなるの困るし」
軽い声。
久世「はい」
通信が静かになる。
ーー徳島・沿岸部
夜。
波の音。橋の影。
小型ボートが岸に寄る。
人影が降りてくる。
一人、二人、三人——
(……九、十)
久世「まずは報告通り」
(これは“見せてる数”らしい)
一歩、踏み出す。
足音は消さない。
一体が気づく。
「——ッ!?」
遅い。
間合いに入る。
警棒で側頭部を叩く。
骨の感触。
倒れる前に、次。
ナイフを首元へ。
切り裂く。
血が噴き出る。
(順調)
処理できる。
だが——背後。
振り向く。
山側から影。
(……来たか)
数は——
(多いな)
十じゃない。
囲まれる。
前後。左右。
久世「……敵きた、いっぱい」
その瞬間。
加藤「——ほらね」
ひとみ「今や」
次の瞬間——
バチンッ!!
乾いた音が連続する。
足元。
首元。
腰の高さ。
闇の中で、細い線が弾ける。
張られていたワイヤーが、一斉に跳ね上がる。
「グオオオ!?」
引っかかる。
転ぶ。
体勢を崩す。
勢いのまま、数体が地面に叩きつけられる。
ひとみ「仕込みワイヤーや」
加藤「動線読んで、逃げ場潰してるよ」
視界の中で、デポルが“密集”する。
バラけない。
逃げられない。
(これが“狩場”か)
踏み込む。
背中から一体ずつ。
首をナイフで切る。
警棒で頭を砕く。
振り返る前に刺す。
三パターンの単純作業。
(殺すのが楽だ…怖くなるほどに)
一体が無理やり抜ける。
走る。
加藤「発信機つけられるなら、そのまま行かせて」
久世「はい…(簡単に言ってくれる)」
押さえつける。
暴れる腕を捻り上げた。
小型の発信機。
服の内側に滑り込ませる。
気づかれない位置。
久世「……こんなもんでいいか」
加藤「うん。それでいい」
久世(どこに入れたかわからないだろ)
警棒で背中を叩く。
鈍い音。
崩れる。
それでも——逃げる。
這って、立って、走る。
闇の奥へ。
静かに距離を取る。
波の音だけが残る。
足元には、動かなくなった“それら”が転がっている。
久世(いくら死線をくぐっても、殺す殺されるというのは慣れないな。まだ手が震える…)
少し息をつく。
久世(……終わりか)
いや——違う。
無線。
ノイズ。
加藤「これからだよ」
久世「わかってる」
ポケットの受信機を見る。
点滅。
微弱な信号。
ひとみ「拾えとるな。精度ガバやけど、追えんことはない」
加藤「だから——読むよ」
久世「頼む」
視線を上げる。
逃げた先。
山。闇。
(帰る場所があるなら——そこまで行く)
一歩、踏み出す。
久世「追います」
加藤「うん」
少しの間。
加藤「その先、多分——“巣”じゃない」
久世「ほう」
加藤「もっと手前。“繋ぐ場所”」
ひとみ「中継やな。」
風が吹く。
血の匂いが、薄れていく。
加藤「そこに、“元締め”がいる可能性が高い」
久世「“元締め”…ね」
口元が、ほんの少しだけ動く。
夜の中へ、足を踏み出す。
侵蝕は——
まだ、止まっていない。




