第24話:遺伝子_徳島侵蝕編②
ーー二〇〇七年四月:防縁高校・放課後
教室の窓から見える景色は、何も変わらない。
桜は散りかけていて、グラウンドでは野球部が声を出している。
私、加藤ベアトリクスめぐみは、ノートにペンを走らせる。
カリ、カリ、と乾いた音。
書いているのは——“失踪”。
・徳島/山間部/40代男性
・徳島/沿岸部/50代男性
・徳島/過疎地域/70代男性
共通点は三つ。
大人、男性、比較的高齢。
そして地域的に恐らく子供はいない。
学生もいない。
“生活の核”だけが抜かれている。
ペンが止まる。
(……偶然にしては、出来すぎてる)
ページをめくる。
そこには、別のメモ。
——あの時の家。
父の仇だったデポル。
あの男は、違和感のある家に住んでいた。
生活感はある。
だが、“馴染んでいない”。
(あれは……借りていたんじゃない)
——奪っていた。
元の住人は。
(……きっと殺された)
静かに、線が繋がる。
・人を殺す
・家を奪う
・戸籍を奪う
・成り代わる
そして——
(それが、一件じゃないとしたら)
背筋に、冷たいものが走る。
(……これは、“個人”の犯行じゃない)
ノートの上に、ゆっくりと書く。
——浸蝕
(徳島を、丸ごと使う気だ)
なぜ徳島か。
考える。
人口。地理。経済。
(……弱い)
都市に比べて、圧倒的に。
そして——
(受け入れる側がいる)
外から来る存在を、通す人間。
行政か。政治か。
そこまで考えて、ペンが止まる。
(久世くん)
思い出す。
あの人は、何も言わない。
そして——思い詰めている。
(そして何かを知ってる)
既に動いている。
大阪と徳島。
この二ヶ月、あの人は明らかに動きすぎている。
(……一人でやってる)
無理だ、と即座に判断する。
もしかすると、水谷ひとみ——あの危険な女と動いている可能性もある。
彼がいくら強くても、数には限界がある。
(......なら)
ページを閉じる。
(私がやろう)
戦うんじゃない。
(整える)
場所。
情報。
流れ。
彼が“殺しやすい形”にする。
(それなら、できる)
静かに立ち上がる。
理由は、いくつもある。
父のこと。
あのデポル。
そして——
(……あの人が、やった)
直接は聞いていない。
でも、わかる。
あの時、あのデポルを殺したのは——久世くんだ。
(仇は、もういない)
なのに、胸の奥に残っているもの。
怒りか。
空白か。
(……どっちでもいい)
一つだけ、はっきりしている。
(同じ思いは、もういらない)
鞄を持つ。
教室を出る。
廊下の先。
偶然のように——
久世くんがいた。
目が合う。
少しだけ、間。
加藤めぐみは、いつも通りの声で言う。
「久世くん、ちょっといい?」
その目は——
もう、“観測者”のものではなかった。
・
・
・
・
ーー防縁高校・廊下
放課後の廊下は、もう人が少ない。
窓から差し込む夕日が、床を赤く染めている。
「久世くん、ちょっといい?」
振り返ると、加藤がいた。
いつもと同じ表情。でも——
(目が違う)
「ちょっと聞きたいことがあって」
「何?」
間を置かず、返す。
加藤は一歩だけ近づいた。
「徳島の失踪事件」
一瞬、空気が止まる。
「知ってるよね」
疑問じゃない。
確認でもない。
(断定)
俺は少しだけ視線を外す。
「そりゃもちろん、ちょっと前に一緒に新聞見たよね」
「それだけじゃないよね」
食い下がる。
声は柔らかいまま。
「大人だけ消えてる」
「山とか海とか、目立たない場所ばっかり」
「戸籍がそのまま残ってるケースもある」
「しかも不自然なのが、高齢の男性ばかり。」
「多分子供もいない」
一つずつ、置いてくる。
逃げ道を潰すように。
「ほう…で?」
俺は表情を崩さない。
加藤は一瞬だけ、息を吸う。
「“入れ替わってる”よね。入れ替わりやすいところに。」
沈黙。
遠くで、部活の声が響く。
「人を消して、成り代わってる。前にもあったでしょ。ああいうの」
視線が、ぶつかる。
(あの時のこと、か)
父の仇。
あの家。
俺はゆっくりと口を開く。
「……仮説としては、成り立つね」
完全な否定はしない。
肯定もしない。
加藤は、わずかに口角を上げる。
「それが一件じゃない」
「複数で、同時にやってる」
「しかも——徳島全体で」
言葉に、確信が混じる。
「目的は?」
加藤は迷わない。
「”侵略”のための”侵蝕”、だと思う」
即答。
「住み着くんじゃなくて、乗っ取る」
「人ごと。理由はわからないけど、徳島という地域がやりやすいのだと思う」
「これだけ失踪事件が起きて、ニュースになって、自治体は普通大騒ぎになると思うの」
「そうなれば、戸籍の確認だとか色々あるんじゃないかな」
「けど行政も警察も動かない、その根拠は事件が起き続けているから」
「だから私は、それらを動かせる権力者がいると思う」
「でもこの仮説が正しければ、報道させる意味がわからない」
「だから恐らく報道は——罠(そしてこの罠は恐らく…)」
一歩、踏み込む。
「違う?」
沈黙。
数秒。
(.....仮説でそこまで届くのか。父親は優秀な資産家だったと言っていた。その片鱗を見せつけられている)
「……だいたい合ってます」
認めた。
認めるしかなかった。
俺とひとみでこの二ヶ月探ってきた情報とほぼ一致する。
加藤は、頷く。
「やっぱり」
少し間があく。
「で、久世くんは何してるの?」
直球。
逃がさないぞ、という意志を感じる。
(どこまで言うか)
数秒の思考。
「……止めてます」
短く。
「一人で?」
「一人ですね」
嘘はない。
デポル狩りはいつも一人だ。
加藤は、少しだけ目を細める。
「無理だよ、それ」
即答。
「数って恐らく、十や二十じゃないよね。報道されてないものもあると思うし」
「効率も悪い」
淡々と切られる。
気づけば俺は肩をすくめていた。
「そうかもしれないね」
加藤は一歩、距離を詰めてくる。
「私、やるよ」
「…何を」
「手伝う」
即答。
「戦うんじゃない」
首を横に振る。
「整える」
「情報集めて、場所絞って、逃げ道潰して」
「久世くんが“確実に殺せる形”作る」
一切の迷いがない。
久世は、少しだけ目を細めた。
(……そこまで来たか。さらっと俺が殺してる形にされている。そうではあるのだが)
「理由は?」
静かに聞く。
加藤は、一瞬だけ言葉を選んだ。
「二つある」
指を立てる。
「一つは——あのデポル」
「父の仇」
言い切る。
「私じゃ殺せなかった」
間。
「でも、久世くんがやってくれた」
否定はしない。
断定も避ける。
「だから、借りがある」
「へえ。もう一つは?」
加藤は少しだけ視線を落として——
すぐに戻す。
「私と同じ思いの人、増やしたくないから」
静かな声。
でも芯はある。
数秒。
廊下に風が通る。
「……間接的に、加藤がデポルを殺すことになる。というのはわかってる?」
ぽつりと。
「わかってる。」
即答。
「それでもやる。...一緒に地獄に落ちるよ」
迷いはないらしい。
ゆっくりと息を吐いた。
(止めても無駄だな)
「……一つだけ条件がある」
「なに?」
「何があっても前線には出ないようにしてほしい。——邪魔になる」
間。
加藤は、少しだけ笑った。
「努力する」
軽い返事。
しかし——
重い約束。
少しの沈黙の後。
そのまま、二人は並んで歩き出す。
方向は同じ。
でも——
もう、前とは違う。




