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第20話:被救者_捕食逆転編⑦

ーー吉田さおりフェーズ


防緑総合病院。


待合室。


「ええから、私らの血を調べてくれや!」


短い髪の女性が、医師と看護師へ詰め寄っている。


水谷ひとみ。


久世くんと同じ、弁護士らしい。


私と姉は、少し離れた場所から、そのやり取りを見ていた。


ここへ来るよう連絡してきたのは、水谷ひとみ法律事務所の牧という女性だった。


弁護士協会の名簿から、姉の連絡先を調べたらしい。


「久世恒一さんが、輸血を必要とする状態です」


電話口の声は、落ち着いていた。


「詳しい事情は省きます。吉田さん姉妹の血液が必要です。至急、防緑総合病院へ来てください」


意味が分からなかった。


私たちの血が、どうして久世くんに必要なのか。


血液型が合うかどうかすら、確認されていない。


それでも。


久世くんの名前を聞いた瞬間。


考えるより先に、身体が動いていた。


小学二年生の頃。


久世くんは、私たち姉妹を事件から助けてくれた。


それをきっかけに。


私たちは、仲良くなった。


少なくとも。


私は、そう思っていた。


けれど。


中学校へ入って、すぐのことだった。


上級生たちによる、監禁事件。


あの日を境に。


私は、久世くんとうまく話せなくなった。


助けてもらった事実は、消えない。


何度も。


私は、久世くんに助けてもらった。


それなのに。


(何も、言えなかった)


今でも。


あの日の光景が、頭から離れない。


上級生たちに押さえつけられた。


身体を動かすこともできなかった。


逃げ道など、どこにもなかった。


このまま。


壊される。


すべてが終わる。


そう思った時。


満身創痍だった久世くんが。


突然、大声で笑い始めた。


顔も。


腕も。


制服も。


血に染まっていた。


それでも。


笑っていた。


そこから。


上級生たちを、一人ずつ引き剥がした。


拳を振るった。


何度も。


何度も。


相手が動かなくなっても、殴ることをやめなかった。


(……殺すつもりだったんだと思う)


今なら、分かる。


あれほどの勢いがなければ。


あれほどの覚悟がなければ。


私は、助からなかった。


きっと。


すべてを奪われた後。


自分で、自分の人生を終わらせていた。


久世くんは、私を助けた。


自分の方が。


私より、ずっと傷ついていたのに。


それでも。


私に、優しく声をかけてくれた。


なのに。


私は。


久世くんへ、怯えた顔を見せた。


(本当に、最低だ)


その時の。


久世くんの悲しそうな表情が、今も忘れられない。


それから。


何度も話しかけようとした。


謝ろうと思った。


助けてくれて、ありがとうと伝えたかった。


でも。


顔を見るたび、あの日を思い出した。


怖かった自分。


何も言えなかった自分。


そのすべてから逃げて。


結局。


何年も経ってしまった。


「検査結果が出ました」


看護師の声で、意識が戻る。


手元の書類を、何度も見直していた。


「皆さんの血液型は……」


看護師の声が震える。


「全員、AB型。Rhマイナスです」


「……え?」


隣にいる姉と、顔を見合わせた。


理解できない。


私たちは、二人ともA型だったはずだ。


少なくとも。


これまで、そう聞かされて生きてきた。


それが。


どうして、突然変わる。


「ほな、決まりやな」


水谷ひとみが、強引に会話を進めた。


「理由は後でええ」


集められた全員を見回す。


「輸血するか、せえへんか。今決めるのは、それだけや」


怖い人だと思った。


強引で。


説明も足りない。


何かを知っているのに、隠している。


それでも。


言っていることは、間違っていない。


久世くんは、死にかけている。


私たちの血が使える。


なら。


答えは、最初から決まっていた。


「……私たちも、お願いします」


姉と一緒に、頭を下げる。


必要な検査を終え。


採血が始まった。


腕へ、針が刺さる。


血液が。


少しずつ、身体の外へ流れていく。


これが。


久世くんへ繋がる。


そう思うと。


胸の奥が、苦しくなった。


怖いわけではない。


嫌なわけでもない。


ただ。


今度こそ。


少しだけでも、返せる気がした。


久世くんがくれたものには。


到底、届かない。


それでも。


何もできなかった、あの頃とは違う。


今度は。


私も、久世くんを助けられる。


そう思うだけで。


流れていく血が、少しだけ誇らしかった。



ーー吉田みことフェーズ


久世恒一と初めて会ったのは。


近所の図書館だった。


七歳の子供が。


机の上に六法全書を広げていた。


それだけでも異様だった。


だが。


さらに異常だったのは、その隣に置かれたノートだ。


条文。


判例。


疑問点。


自分なりの解釈。


小学生が書いたとは思えないほど。


細かな文字で、びっしりと埋め尽くされていた。


「そこは、こういう見方もできるよ」


最初は。


軽い気持ちで声をかけただけだった。


それが。


すべての始まりだった。


久世君は、分からないことがあれば、すぐに質問した。


曖昧な説明では、納得しない。


根拠を求める。


例外を探す。


一つ答えれば、三つ新しい疑問を持ってくる。


私は。


久世君へ教えるために、必死で勉強した。


分からないことを調べた。


自分の言葉で説明できるように、何度も噛み砕いた。


そうしているうちに。


落ちこぼれだった私の成績は、目に見えて上がっていった。


気づけば。


司法試験に合格していた。


久世君のおかげだった。


久世君へ教えようとしたから。


私は、ここまで来られた。


だが。


久世君は、その先へ進んだ。


二度失敗しても。


折れなかった。


翌年。


必要な試験を、すべて突破した。


(……異常だ)


けれど。


才能という言葉だけで片づけたくはない。


あれは。


執念だ。


何度、壊されても。


何度、踏みつけられても。


立ち上がる。


久世君は。


ずっと、そうやって生きてきたのだろう。


父親から受けていた虐待。


身体中の痣。


折れた骨。


何もなかったような顔をして、図書館へ来ていた。


(あの家庭で生き残るためには)


壊れてでも。


前へ進むしかなかったのかもしれない。


私は。


そんな久世君を尊敬している。


昔も。


今も。


だから。


(助かってほしい)


今は。


それだけを願っていた。


手術室へ続く扉が、一瞬だけ開く。


中から、慌ただしい声が聞こえた。


「血圧が、まだ下がっています!」


すぐに扉が閉まる。


ほんの数秒。


それだけで。


待合室の空気が凍りついた。


採血を終え。


椅子へ腰を下ろす。


ふと顔を上げると。


待合室に集められた女たちと、目が合った。


金色の髪をした、背の高い少女。


加藤ベアトリクスめぐみ。


黒髪で。


整った顔立ちの女性。


沢口冴子。


短い髪で。


気の強そうな関西弁の女性。


水谷ひとみ。


そして。


隣に座る、妹のさおり。


小柄で。


昔から、どこか頼りなく見える。


放っておけない妹だ。


それぞれが。


違う理由で、久世君のためにここへ来ている。


久世君に助けられた者。


久世君と仕事をしている者。


久世君を利用しようとしている者。


そして。


久世君に人生を変えられた者。


私も。


その一人だった。


(彼の周りには)


ただ好意を向けるだけの人間は、いないのかもしれない。


誰もが関わる理由を持っている。


何かを背負って、ここにいる。


胸の奥が、わずかにざわついた。


隣に座る女たちを、もう一度見る。


金色の髪。


整った顔。


気の強い眼差し。


そして。


私自身。


黒い髪を、後ろで結んでいる。


背も高い。


見た目で。


一方的に引けを取っているつもりはない。


(……負けてはいない)


何を競っているのか。


自分でも、分からなかった。


けれど。


一つだけ。


はっきりしていた。


(譲れない)


久世君の隣に立つ理由を。


簡単に、誰かへ譲るつもりはなかった。


長い時間が経った。


誰も。


ほとんど言葉を交わさなかった。


やがて。


手術室の扉が開いた。


医師が、疲れ切った顔で出てくる。


全員が、一斉に立ち上がった。


「手術は、ひとまず終わりました」


医師が、マスクを外す。


「まだ予断を許さない状態です」


誰も、声を出さない。


「ですが、出血は抑えられました。現在は、集中治療室で経過を見ています」


妹が。


隣で、息を吐いた。


加藤めぐみは、その場へ座り込みそうになっている。


水谷ひとみだけが。


腕を組んだまま、医師を見ていた。


「助かるんやな?」


「断言はできません」


医師は、慎重に答える。


「ただし、手術前より状態は安定しています」


その言葉だけで。


張り詰めていた空気が、わずかに緩んだ。


しばらくして。


一人ずつ。


集中治療室の外から、久世の様子を見ることを許された。


ガラスの向こう。


いくつもの管に繋がれた久世君が、眠っている。


顔色は悪い。


身体の大半が、白い布に覆われていた。


医療機器の音だけが。


一定の間隔で、鳴っている。


細く。


規則正しく。


命を繋ぎ止めている音。


目を離せなかった。


(お願い)


言葉には出さない。


(戻ってきて)


その時。


白い布から出ていた指先が。


ほんのわずかに、動いた。


「……久世君?」


偶然かもしれない。


身体の反応にすぎないのかもしれない。


それでも。


確かに。


久世君は、まだここにいる。


助けられるだけだった私たちが。


今度は。


久世君を、この世界へ繋ぎ止めた。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・コメントで応援いただけると嬉しいです。 #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公 #社会風刺
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久世!!!!!
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