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第19話:書き換え_捕食逆転編⑥

ーーひとみフェーズ


大阪から徳島へ向かう車内。


私は、携帯電話を握り潰しそうなほど強く掴んでいた。


「あいつに、今死なれたら困る」


久世が。


生意気で。


ぶっきらぼうで。


危なっかしい弟分のような存在だから。


そういう理由ではない。


(久世に死なれたら、私が動きづらくなる)


私の目的を叶えるには。


久世を利用した方が都合がいい。


法律を知っている。


暴力を使える。


必要なら、自分の命まで差し出す。


これほど使い勝手のいい人間は、他にいない。


決して。


情がないわけではない。


だが。


目的を果たすためなら、ある程度の犠牲は必要だと思っている。


だからこそ。


今、死なれるのは困る。


早すぎる。


信号待ちで車を止める。


苛立ちを抑えられず、舌打ちした。


その時。


助手席から、誰かの笑い声が聞こえた。


『ねえ』


姿は見えない。


それでも、誰なのかは分かった。


『助けたい?』


「メルか?」


周囲を見回す。


もちろん、誰もいない。


「当たり前やろ」


迷わず答える。


「あいつは、まだ使える」


『ふうん』


楽しそうな声だった。


『だったら、教えてあげる』


その瞬間。


頭の中へ、知識が流れ込んできた。


知らないはずの情報。


それが、最初から知っていた記憶のように根づいていく。


『今、久世くんは出血多量で死にかけてる』


私は、前を向いたまま目を細めた。


『加藤ベアトリクスめぐみ』


メルが、一人ずつ名前を挙げていく。


『沢口冴子』


『吉田さおり』


『吉田みこと』


そして。


わずかに間を置いた。


『水谷ひとみ』


嫌な予感がした。


『この五人の血を使えば、久世くんを助けられる』


「つまり」


流れ込んできた知識を確かめる。


「そいつらは、私と同じ血液型っちゅうことやな?」


返事はない。


メルの気配は、すでに消えていた。


「おい!」


呼びかけても、何も返ってこない。


相変わらず。


言いたいことだけ言って消える。


だが。


次にやることは決まった。


すぐに、事務所へ電話をかける。


「かな!」


「何?」


電話に出たのは、牧かな。


水谷ひとみ法律事務所。


唯一の事務員。


私の幼馴染で。


恋人でもある。


「吉田さおりと、吉田みことの連絡先を調べて」


「どうして?」


「久世が死にかけとる」


短く伝える。


「輸血が必要や。二人に、防緑総合病院へ来るよう言うて」


電話の向こうが、一瞬静かになった。


「……分かった」


「頼むわ」


「やけに、久世に執着するね」


かなの声から、温度が消えていた。


「利用価値があるからや」


「……ふうん」


嫌な沈黙。


「では、仕事に取りかかります」


電話が切れた。


(敬語になった)


かなが本気で機嫌を損ねた時の話し方だ。


早く片づけて、大阪へ戻らなければ。


後が面倒になる。


続けて。


沢口冴子へ連絡を入れる。


その次は、加藤めぐみ。


番号は、久世の依頼資料から確認できた。


すぐに発信する。


数回の呼び出し音。


「はい」


若い女の声。


「あんたが、加藤めぐみやな?」


「はい」


「あんたのお母さんの事件で、久世が動いてたやろ。裏では私も手伝ってたんや」


「えっ?」


「あんた、ミドルネームなかった? ベアトリクスやったっけ。まあ、今はええわ」


話す時間が惜しい。


「久世の血が足らん。今すぐ、防緑総合病院へ行って」


「血が……?」


「タクシー代は出す。私も、もうすぐ着く。急いで!」


返事を待たず、電話を切った。


車を発進させる。


久世の。


怒りに満ちた目を思い出す。


(こんなところで死ぬようなら、期待外れもええところや)


心配でも。


激励でもない。


ただの、自分勝手。


それは。


自分でも分かっていた。



ーーめぐみフェーズ


水谷ひとみと名乗る弁護士から、突然電話がかかってきた。


私が話せたのは。


最初の「はい」だけだった。


あとは。


言いたいことだけ言われて、切られた。


(何なの、あの人……)


病院へ向かうタクシーの中。


自分の手を見る。


震えが、止まらない。


久世くんは。


私と同じO型なのだろうか。


それにしても。


なぜ、あの弁護士が私の血液型を知っている。


久世くんから渡されたヒアリングシートには。


血液型を書く欄などなかった。


一度見たものは、忘れない。


だが。


今は、そんなことを考えている場合ではない。


久世くんが、死にかけている。


それだけは、間違いない。


(私は、さっき寿命を渡した)


なら。


血液くらい。


いくらでも渡せばいい。


自分でも。


歪んでいると思う。


それでも。


(死んでほしくない)


ただ、それだけだった。


防緑総合病院へ到着する。


待合室には。


すでに、何人もの女性が集められていた。


水谷ひとみ。


沢口冴子。


吉田さおり。


吉田みこと。


そして。


私。


全員。


久世くんと関わりのある人間らしい。


水谷ひとみだけが。


何かを知っているような顔をしていた。


他の人たちは。


突然呼び出されたせいで、状況を理解できていない。


もちろん。


私も同じだった。


「ええから、私らの血を使ってくれや!」


水谷ひとみが、医師と看護師へ詰め寄っている。


「久世が死にかけとるんやろ?」


一歩も引かない。


「輸血が必要なら、ここにおる人間から取ったらええ」


「ですが……」


看護師が、困惑した顔で私たちを見る。


「血液型が適合しなければ使えません。感染症などの検査も必要です」


「せやから、検査したらええやろ」


水谷ひとみが、苛立った声を上げる。


「早よして」


看護師は押し切られ。


一人ずつ、血液型を確認し始めた。


「水谷さんは、ご自身の血液型をご存じですか?」


「B型や」


水谷ひとみは、即答した。


「少なくとも、今まではな」


「加藤さんは?」


「O型です」


これまでの人生では。


ずっと、そうだった。


「沢口さんは?」


沢口冴子が、戸惑いながら答える。


「AB型です。Rhはプラスですけど……」


不安そうに、看護師を見る。


「輸血には使えないんじゃないですか?」


「吉田さおりさんと、吉田みことさんは?」


姉妹は、互いの顔を見合わせた。


「私たちは、二人ともA型です」


誰一人。


血液型が揃っていない。


私は、O型。


水谷ひとみは、B型。


沢口冴子は、AB型のRhプラス。


吉田姉妹は、A型。


久世くんの血液型すら。


私たちには、知らされていない。


それなのに。


水谷ひとみだけは、焦っていなかった。


「ごちゃごちゃ言わんと」


医師を睨みつける。


「一回、検査してみて」


押し切られる形で。


採血と検査が始まった。


しばらくして。


結果を持った看護師が、待合室へ戻ってきた。


顔色が変わっている。


「あの……」


「何や」


「皆さん」


看護師が、結果を何度も確認する。


「全員、AB型です」


一瞬。


何を言われたのか、分からなかった。


「Rhは、全員マイナスです」


沈黙が落ちる。


「は?」


水谷ひとみの声が、低く響いた。


「もう一回、言うて」


「五人とも」


看護師の声が震える。


「AB型のRhマイナスです」


自分の耳を疑った。


私は、O型だった。


少なくとも。


そう聞かされて生きてきた。


隣では。


沢口冴子も、呆然としていた。


吉田姉妹も、言葉を失っている。


全員。


違う血液型だったはずなのに。


今の検査結果だけが。


五人は同じだと示している。


水谷ひとみを見る。


驚いてはいる。


だが。


何かを理解したような顔だった。


(この人だけ、何かを知ってる)


それでも。


何も説明しなかった。


「よし」


無理やり、声を上げる。


「これで条件は整ったな」


そして。


私たちを順番に見た。


「私も、自分はB型やと思ってたけどな。急に変異でもしたんやろ」


そんなはずはない。


本人も、信じていないはずだ。


「まあ、理由は今どうでもええ」


医師へ視線を向ける。


「問題は、輸血するかどうかや」


最初に口を開いたのは。


冴子さんだった。


「お願いします」


声が震えている。


それでも。


迷いはなかった。


「本当に使える血なら。必要なだけ取ってください」


続いて。


吉田姉妹が頷く。


「私たちも、お願いします」


最後に。


自分の腕を見る。


さっき。


寿命を渡した。


血液など。


今さら惜しいとは思わない。


(久世くんが、助かるなら)


「私も、お願いします」


水谷ひとみが、満足そうに頷いた。


「そういうことや」


医師へ向き直る。


「ぼうっとしとらんと、準備して」


だが。


医師は、その場から動けなかった。


検査結果を見つめ。


呆然と呟く。


「五人が、同時に……」


理解が追いついていない。


「あり得ない。医学的に、こんなことは……」


「先生」


水谷ひとみの声が、さらに低くなる。


「もう一度、検査してくれてもええ」


医師を、真っ直ぐ見据える。


「でも、急いで」


「……分かりました」


「それで久世が死んだら」


水谷ひとみは、笑っていなかった。


「責任、取ってもらうで」


医師は会釈すると。


検査結果を持ち、足早に奥へ消えた。


再検査。


感染症検査。


輸血の準備。


待合室が、慌ただしく動き始める。


それでも。


私たちの間には、説明のできない沈黙が残っていた。


誰も。


自分の血液型が変わった理由を知らない。


それでも。


全員が、同じ方向を向いていた。


久世くんを助ける。


その一点だけは。


最初から、揃っていた。


必要な検査を終え。


輸血が始まった。


久世くんは、そのまま集中治療室へ運ばれ。


長時間の手術を受けることになった。


待合室の隅で。


水谷ひとみが、小さく呟いた。


「……ほんまに、やりよったな」


誰に向けた言葉なのか。


私には、分からなかった。


その直後。


水谷ひとみのそばで。


誰かが笑ったような気がした。


『運命って、こうやって整えるの』


水谷ひとみが。


何もない空間を睨みつける。


「人外の力、ヤバすぎるやろ」


声を潜める。


「あんた、何が目的やねん」


『さあね』


女の声。


私には。


聞き取ることができなかった。


ただ。


唇の端を吊り上げるような。


笑った気配だけを残して。


何かが。


待合室から消えた。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・コメントで応援いただけると嬉しいです。 #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公 #社会風刺
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