第20話:大切な人_捕食逆転編⑦
——防縁総合病院:待合室
——吉田さおり視点
ひとみ「ええから私たらの血、使ってくれや!」
看護師「えっ?!いやでも、B型なんですよね?」
私たち姉妹は、さっきからこのやりとりを見せられている。
何とか弁護士事務所の“牧”という女性から、弁護士協会のリストを通して、姉に連絡があった。
「“久世恒一”に輸血が必要な状態。詳細は省くが、あなた方姉妹の血液が必要」
意味がわからなかった。
それでも——来た。
久世くんの名前を聞いた瞬間、考えるより先に身体が動いていた。
小学二年生の頃、ある事件を解決してくれて、そこから仲良くなった……はずだった。
でも中学に入ってすぐ、中学の先輩たちによる、
“暴行未遂監禁事件”
あの一件から、うまく話せなくなった。
それでも、助けてもらった事実は消えない。
何度も、何度も助けてもらった。
なのに私は——
(何も言えなかった)
あの日の光景が、焼き付いて離れない。
押さえつけられて、逃げ場なんてなくて。
このまま壊されると、わかっていた。
——終わる。
そう思った瞬間。
扉がゆっくり開く音がした。
久世くんだった。
見るからに満身創痍。
顔も、腕も、血だらけで。
それでも——止まらなかった。
殴って、殴って、殴って。
押さえつけていた男たちを、力任せに引き剥がして。
何度も、何度も顔面を叩き潰していた。
(……多分、殺す気だった)
でも——
あの勢いじゃなかったら。
あの覚悟じゃなかったら。
私はきっと——
犯されて、そのまま。
自分を終わらせていたと思う。
助けられた。
なのに。
彼は、私よりもボロボロだったのに。
優しく声をかけてくれたのに。
私は...怯えた表情を見せたのだと思う。
(ほんと最低だ...)
あの時の、久世くんの悲しげな表情が、頭から離れない。
——自己嫌悪に陥っていると、検査結果が出る。
「皆さんの血液型……AB型……Rhマイナスです」
「……は?」
姉と顔を見合わせる。
理解が追いつかない。
そこへ——
ひとみ「ほな決まりやな。今はそれでええやろ。輸血するかせえへんか、決めよ」
強引に話をまとめる女。
怖い。
けど——
間違ってはいない。
「……私たちも輸血します」
採血が始まる。
針が刺さる。
血が抜かれていく。
じわじわと。
——吉田みこと視点
彼と出会ったのは、近所の図書館。
七歳の子供が、六法全書を開いていた。
それだけでも異様なのに——
ノートには、自分なりの解釈がびっしり書かれていた。
「そこは、こういう視点で整理できるよ」
軽い気持ちで声をかけた。
それが、始まりだった。
気づけば私は——
彼に教えるために、必死に勉強していた。
理解できないことを調べて。
説明できるように噛み砕いて。
そうやっているうちに。
落ちこぼれだった私の学力は、目に見えて上がっていった。
——そして、私は司法試験に受かった。
彼のおかげで。
彼に教えるために、私は伸びた。
でも。
彼は、そのさらに先に行った。
二度落ちても、折れず。
翌年、全てを突破した。
(……異常だ)
しかし才能じゃない。
執念だ。
何度壊されても、前に進む。
そんな生き方を、ずっとしてきたのだろう。
父親からの虐待。
身体中の痣。
折れた骨。
それでも立ち上がってきた。
(家庭環境からあの子は、壊れてでもそうするしかなかったのかもしれない)
私は、そんな彼を尊敬している。
もちろん今も。
(助かってほしい)
それだけを、願っている。
ガラッ——
一瞬、処置室のドアが開く。
「血圧、まだ下がってます!」
すぐに閉まる。
それだけの、一瞬。
なのに。
空気が、凍る。
採血を終え、椅子に座る。
ふと顔を上げると——
目が合った。
金髪で背の高い女。
黒髪で、整った顔立ちの女。
短い髪の、気の強そうな関西弁の女。
そして——隣にいる妹。
小柄で、頼りなさげな体つき。
昔から、放っておけないタイプだ。
私は、黒髪を結び、長身で巨乳。
(なるほど......負けてないな)
無意識に理解する。
彼の周りには、
“理由のある女”しかいないのだろう。
胸の奥がざわつく。
理由はわからない。
けど——
(譲れない)
その感情だけは、はっきりしていた。
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ピッ……ピッ……ピッ……
心電図の音が、正常なリズムを刻み出す。
その時——
久世の指が、わずかに動いた。




