第19話:書き換え_捕食逆転編⑥
ーー天界・アステリアフェーズ
「おい、メル!」
「はい! アステリアさま!」
久世の意識が飛んだと同時に、私はメルを怒鳴りつけた。
「お前……何かしたな?」
「誓って能力はやってません!(久世くんには)」
こいつは信用ならない。
いつも私の転生者にちょっかいをかけてくる。
しかも、こいつの魔法は小賢しくて見抜きにくい。
「何度も言うが、久世の運命力を見たいから、タイムリープさせたんだ。私の“おもちゃ”なんだよ。余計なことはするなよ」
「分かってますって。こうるさいなぁ。じゃあ私はこれで!」
あいつは私を舐めている。
「そろそろ、分からせる時期かもしれないな」
しかし、それ以上に。
今回のメルのちょっかいは、気になるところがある。
一度は、骨折を瞬時に治していた。
だが、それ以降は大きな動きがない。
それでも、絶対に何かはやっているはずだ。
(……私のように、“おもちゃ”を見つけたか)
注視しておこう。
あいつには、何度も掻き回されてきた。
「はぁ……」
それよりも。
久世の野郎。
あいつの死後から約十年見てきたからか、少し情のようなものが湧いている気がする。
だからといって、運命を直接的に捻じ曲げるつもりはない。
それでも。
(今回は、さすがにまずいかもな……)
メルがいなくなった静かな場所で、私は他の女神たちと共に見守る。
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ーー大阪から徳島へ向かう車内・ひとみフェーズ
電話を握り潰しそうな勢いで舌打ちする。
「あいつに今死なれたら困る」
それは、
生意気で、
ぶっきらぼうで、
危なっかしい弟分のような後輩だからではない。
(あいつに死なれたら、私が動きづらくなる)
自分の野望を叶えるためには、久世を利用した方が好都合。
決して情がないわけではない。
だが、野望のためには、犠牲もつきものだと思っている。
だから、今死なれるのは困る。
早すぎる。
イライラしながら、信号待ちをしていたその時。
隣で、誰にも見えない存在が笑った。
『ねぇ、助けたい?』
私は即答する。
「メルか?! 当たり前やろ。あいつはまだ使える」
『ふーん。じゃあ教えたげる』
一瞬。
“知識”が流れ込む。
「……?」
『今、久世くんは、出血多量で死にかけてる』
目が細くなる。
『加藤ベアトリクスめぐみ。沢口冴子。吉田さおり。吉田みこと。そして、あなたの血液を輸血すれば助けられる』
「つまりそいつらは、私と同じ“B型”ってことやな?」
メルは笑って消える。
「おい!」
そう言い終わる頃には、次の行動は決まっていた。
即座にコールする。
「かな!!」
「何?」
水谷ひとみ法律事務所、唯一の事務員。
牧かな。
私の幼馴染で、“彼女”でもある。
「吉田さおり、吉田みことの連絡先を洗って。“久世”に輸血せな死ぬ、防縁総合病院に来い、と伝えて」
「……了解」
「なんや?」
「やけに、久世に執着するね」
「利用価値があるからな」
「……ふーん。じゃあ仕事に取り掛かります」
電話が切れる。
その直後、沢口冴子にコールする。
(かなが敬語になったら、メンヘラモードやからな。早く片付けて、大阪戻らんと厄介なことになる)
冴子の新住所に向かいながら、久世の怒りに満ちた目を思い出す。
(こんなところで死ぬようでは、期待外れもええところや)
心配や激励ではない。
完全な自分勝手だ。
それは、自分でも分かっていた。
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ーー防縁高校から防縁総合病院へ向かう車内・めぐみフェーズ
数十分前。
“水谷ひとみ”という名の弁護士から電話があった。
「あんたが、加藤めぐみやな。あんたのおかんの事件の時、久世が動いてたけど、裏で私もやってたんやで。あんたミドルネームなかった? ベアトリクス? まあええわ。事件概要も聞きたいけど、久世の血液足らんから、大至急、防縁総合病院行ってて。タクシー代出すから。私も言うてる間に着くし!」
この電話で私は、最初に「はい」としか発言していない。
言いたいことだけ言われて切られた。
(久世くんは私と同じ“O型”ってこと? 何故、あの弁護士が知っているのか)
久世から渡されたヒアリングシートに、血液型の欄はなかったように記憶している。
一度見たものは忘れない。
しかし、久世がピンチなのは変わらない。
(私は、さっき寿命を渡したんだ。血液くらい、いくらでも)
自分でも歪んでいると思う。
やっぱり。
(……死んでほしくない)
病院に向かうタクシーの中で、手の震えが止まらなかった。
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ーー防縁総合病院・待合室
防縁総合病院の待合室には、すでに何人もの女性が集められていた。
水谷ひとみ。
沢口冴子。
吉田さおり。
吉田みこと。
そして、私。
全員が、久世に関わった人間らしい。
水谷ひとみだけが、妙に事情を分かっている顔をしていた。
他の人たちは、突然呼び出されたせいか、混乱している。
もちろん、私も混乱している。
「ええから私らの血、使ってくれや!」
ひとみが医師と看護師に詰め寄る。
「久世が死にかけとるんやろ。輸血がいるなら、ここにおる人間から取ったらええ」
「いや、ですが……」
看護師が困惑した顔でこちらを見た。
「血液型が合わなければ、危険です。まず確認が必要です」
「確認したらええやろ。早よして」
ひとみがそう言うと、看護師は一人ずつ確認を始めた。
「水谷さんは、B型なんですよね?」
「せや。私はB型やと思ってる」
「加藤さんは?」
「……私はO型です」
少なくとも、これまでの人生ではそうだった。
「沢口さんは?」
冴子さんは、少し戸惑ったように口を開いた。
「ABですけど……Rhはプラスです。輸血、無理じゃないですか?」
「吉田さおりさん、吉田みことさんは?」
吉田姉妹は、顔を見合わせてから答えた。
「私たちは、二人ともA型です」
誰一人として、揃っていない。
私がO型。
ひとみがB型。
冴子さんがAB型のRhプラス。
吉田姉妹がA型。
しかも、久世に必要な血液型も、はっきりとは知らされていない。
それなのに、ひとみだけは焦っていなかった。
「ごちゃごちゃ言わんと、一回検査してみてーや!」
看護師は渋々、血液検査の準備を始めた。
数分後。
結果を見た看護師の顔色が変わった。
「……あの」
「なんや、いけそうか? Bとかでも」
「全員……AB型……Rhマイナスです」
一同沈黙。
「は?」
ひとみの声が、低く落ちた。
「全員、AB型のRhマイナスなんです」
私は、自分の耳を疑った。
O型だったはずだ。
少なくとも、そう聞いて生きてきた。
隣では、冴子さんも呆然としている。
吉田姉妹も、言葉を失っていた。
全員が違う血液型だったはずなのに。
検査結果だけが、同じものを示している。
ひとみだけが、瞬時に何かを理解したような顔をしている。
(あの弁護士だけ、何かを知ってる?)
だが、ひとみは何も説明しなかった。
「よっしゃ、条件は整ったな!」
ひとみが、無理やり場を動かす。
「なんか私、B型やと思ってたけど、変異したんかな。まあええわ。で、みんなは?」
圧をかけるような声だった。
慌てようが、戸惑おうが、意味はない。
輸血するか。
しないか。
それだけを問われている。
最初に口を開いたのは、冴子さんだった。
「やってください。本当にそのAB型Rhマイナスなら。いくらでも」
声は震えていた。
それでも、迷いはなかった。
次に、吉田姉妹が頷く。
「……私たちも、同じくです」
最後に、私は自分の腕を見た。
さっき、寿命を渡した。
血液くらい、今さら惜しいとは思わない。
(久世くんが助かるなら、何でもいい)
「私も、お願いします」
ひとみが満足げに頷く。
「そういうことやから、先生。ぼーっとしとらんと、輸血の準備始めてや」
外科医は唖然としている。
「……そんな……五人も、同時に変異……? ありえない。こんなこと、医学的に……」
「……もう少しだけ、検査と確認をさせてください」
「ええけど早よしてや。それで久世死んだら……責任取ってもらうで」
外科医は会釈だけして、どこかへ飛んでいった。
輸血の準備が始まる。
待合室には、説明できない沈黙が落ちていた。
誰も、自分の血液型が変わった理由を理解できない。
それでも、全員が同じ方向を見ている。
久世を助ける。
その一点だけは、揃っていた。
輸血の後、久世は集中治療室で長時間の大手術を受けることになった。
ひとみが、誰にも聞こえないほど小さく呟く。
「……ほんまに、やりよったな、こいつ……」
その時、ひとみのすぐそばで、誰かが笑った気がした。
『運命って、こうやって整えるの』
「……まじで人外の力、ヤバすぎるやろ。あんた、何が目的やねん?」
『……さあね』
唇の端だけを吊り上げ、笑った気配だけを残し。
メルは、消えた。




