第17話:寿命削りのバフ_捕食逆転編④
ーーめぐみフェーズ
私は。
久世恒一が嫌いだ。
高校生で。
クラスメイトで。
弁護士で。
私の命の恩人。
久世くんがいなければ。
私の四度目の人生は、とっくに終わっていた。
今では、一緒に仕事をしている。
お金の稼ぎ方。
仕事の作り方。
商流。
同い年から聞くような話ではない。
これまで繰り返した人生の中で。
今が、一番充実している。
尊敬。
感謝。
畏怖。
どの言葉でも足りない。
それでも。
私は、久世くんが嫌いだ。
嘘のプロポーズをされたからではない。
利用すると言われたからでもない。
冷たい正論で、何も言い返せなくなるからでもない。
私の命を助けたくせに。
自分の命を、大切にしないからだ。
父の仇であるデポルと対峙した時。
久世くんは、私を止めた。
その後。
コンビニで合流した久世くんは、明らかに様子がおかしかった。
問い詰めても。
「書類にサインをもらっていた」
それしか言わなかった。
でも。
分かる。
見ていなくても、分かる。
きっと。
私の代わりに、手を汚した。
あの短い時間で。
命のやり取りをしてきた。
疲れ切っていた。
傷も増えていた。
それでも。
何事もなかったような顔をしていた。
その時、気づいた。
きっと、初めてではない。
何度も。
何度も。
同じことを繰り返している。
人間の形をした化け物を殺す。
それを世間は、殺人と呼ぶのかもしれない。
不思議と、嫌悪感はなかった。
だが。
そこまでして。
「私に、生きろって言ったくせに」
勝手に、父の仇を討って。
勝手に、私の人生を引き延ばして。
そのくせ。
自分は、簡単に死のうとする。
数メートル先。
久世くんの腹には、長いナイフが突き刺さっている。
立っているのが、不思議なくらいだった。
このままでは。
死ぬ。
それは。
絶対に、許せない。
(借りっぱなしは、嫌だ)
久世くんが使っていた椅子を拾う。
両手で握りしめた。
怒りが、静かに湧き上がる。
「殺す」
正義ではない。
優しさでもない。
借りを残したまま。
一人だけ先に終わられるのが、嫌なだけだ。
私は、父の娘だ。
優秀だった父の血を引いている。
なら。
私にも、何かできるはずだ。
椅子を振り上げる。
その瞬間。
世界が、止まった。
音が消える。
割れた窓ガラスも。
逃げる生徒も。
久世くんの腹から落ちる血も。
すべてが、動きを失っていた。
『待て、待て』
聞き覚えのある声が響く。
「……アステリア」
私に三度の蘇りを与えた女神。
アステリア。
「時間を止めたの?」
『厳密には違う。限りなく遅くしているだけだ』
「それで?」
椅子を握ったまま、目の前のデポルを見る。
「今から殴ろうとしてたんだけど」
『見れば分かる。だから来た』
「何?」
『お前に与えた能力の説明をする』
一瞬、何のことか分からなかった。
「……あったね。そんな設定」
三度目の人生まで。
一度も使い方が分からなかった能力。
存在そのものを、ほとんど忘れていた。
『久世に触れろ』
「触れたら?」
『強くなる』
「誰が?」
『久世が』
「……は?」
『異世界で言うところの、能力強化だ』
「バフみたいなもの?」
『そうだ』
それなら。
最初から教えておけ。
そう言おうとした時。
アステリアが続けた。
『ただし、代償がある』
「出た……」
ろくな話ではない。
それだけは分かった。
『この世界には、魔力が存在しない』
「だから?」
『代わりに、お前の寿命を使う』
言葉が止まった。
「……寿命?」
『久世へ触れている間、お前の寿命が消費される』
「どのくらい?」
『一秒で、十年だ』
「……」
十年。
たった一秒で。
私の人生が、十年消える。
『使うかどうかは、お前が決めろ』
アステリアの声は、淡々としている。
『私は、直接干渉しないと決めている』
「今、思いきり干渉してるけど」
返事はなかった。
止まっていた世界が、動き始める。
すべての会話は。
現実では、〇・〇一秒にも満たない時間だった。
私は走った。
握っていた椅子を、大男へ投げる。
大男の視線が、わずかに逸れた。
その死角を抜ける。
久世くんのもとへ。
一気に駆ける。
そして。
その背中へ、右手を押し当てた。
(一秒で、十年)
上等だ。
心臓が、大きく沈んだ。
全身から、血が引いていく。
身体の奥へ、見えない手を突っ込まれた。
そんな感覚だった。
何かが。
強引に引き抜かれていく。
思い出す。
父の葬儀。
動かなくなった父の身体へ触れた時。
指先から、何かが流れ出した。
(……同じだ)
あの時は、何が起きたのか分からなかった。
でも。
今なら分かる。
私は。
自分の中にある何かを、久世くんへ渡している。
どのくらい触れていたのか。
分からない。
一秒も経っていないはずだ。
それなのに。
触れた瞬間、身体が限界を迎えた。
膝から力が抜ける。
床へ崩れ落ちた。
大男が、こちらを見る。
標的が変わった。
もう一本のナイフを取り出す。
こちらへ向かって、踏み込んできた。
速い。
逃げられない。
(……死ぬ)
その時。
初めて、心の底から思った。
(死にたくない)
三回も死んだ。
何度も、人生を終わらせようとした。
死ぬことしか考えていなかった。
でも。
今は違う。
仕事がある。
私を必要とする人がいる。
これから先の予定がある。
見たい未来がある。
生きたい。
『言い忘れていた』
突然。
アステリアの声が、頭の中へ響いた。
「……何?」
『祈れ』
「何に!?」
『お前の能力名は、祝福だ』
大男は、すぐそこまで来ている。
『お前にぴったりだろう?』
「意味分かんない!」
祈る相手など、思いつかない。
神か。
父か。
自分自身か。
何を願えばいい。
どうすれば、力になる。
「何に祈るの!?」
答えは返ってこない。
ナイフが、振り上げられた。
だから。
考えることをやめた。
「久世くん!」
声の限り叫ぶ。
「助けて!」
久世くんの身体が動いた。
筋肉が、内側から膨れ上がる。
踏み込んだ足の下で、床が軋んだ。
次の瞬間。
大男の身体が、後方へ吹き飛んだ。
机を巻き込み。
床へ叩きつけられる。
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
視線を戻す。
腹にナイフを刺したまま。
久世くんが、拳を振り抜いている。
あの大男を。
ただの一撃で、殴り飛ばした。
「……久世、くん?」
久世くんは、拳を見つめた。
ゆっくり、息を吐く。
「……なるほど」
いつもと変わらない声だった。
「これが、俗に言う火事場の馬鹿力というやつかな」
まるで。
偶然、少し力が出ただけ。
そんな顔をしている。
久世くんは。
自分に何が起きたのか、分かっていない。
私の寿命が流れ込んだことも。
その力で、大男を殴り飛ばしたことも。
何も。
私は、言葉を失った。
恐ろしいと思った。
異常だとも思った。
それでも。
目を逸らすことができなかった。
その瞬間。
私は。
久世恒一の暴力に、目を奪われた。




