第16話:無敵の人_捕食逆転編③
ーーサカグチフェーズ
二〇〇七年一月某日。
徳島県立防緑高校前。
俺は車内を見回し、自殺掲示板で集めた三人へ声をかけた。
「準備はいいな、お前ら」
返事はない。
だが、全員が頷いた。
悪くない面構えだ。
三人には、前金として一人五十万円。
成功後に、さらに百万円を渡すと伝えてある。
どうせ死ぬつもりだった連中だ。
金を使ってから死ぬのも、悪くないだろう。
そのうえ。
十五分間、好きなだけ暴れていい。
日常では絶対に許されないことを、何も気にせずやっていい。
そう説明すると、全員が乗ってきた。
(こいつら、本当に死ぬ気だったのか?)
一瞬、そう思った。
だが、実際に会ってみれば、それぞれ事情があった。
借金。
孤独。
失業。
生きていることへの疲れ。
こいつらが、俺と同じ掠奪種なのかは分からない。
だが、関係ない。
たった十五分の付き合いだ。
これを成功させれば、残りの報酬は九千五百万円。
その金で。
俺は、好きなように生きる。
隠れて。
怯えて。
人間のふりを続ける生活は、もう終わりだ。
そう考えるだけで、不思議と前向きになれた。
送られてきた地図を、もう一度確認する。
西門から侵入。
直進して、左へ曲がる。
階段を上がれば、一年A組。
そこで、生徒と教師へ暴行を加える。
制限時間は、十五分。
問題は、逃走だ。
だが、依頼主から地図や金と一緒に渡された道具がある。
それを使えば、時間は稼げるはずだ。
依頼主が誰なのか。
何を目的としているのか。
今さら、どうでもいい。
金は、本当に振り込まれていた。
それに。
あの日から、毎日が楽しかった。
準備する時間。
計画を確認する時間。
今日を待つ時間。
そのすべてが、生きている実感に変わった。
俺は、車の扉を開けた。
「さて、行こうか」
三人も続いて降りる。
「十五分間の犯罪者タイムだ」
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・
ーー久世フェーズ
「私、今月だけで二十五件のアポイントを取ったよ」
「そうだね」
「すごくない?」
「そうだね」
「一件五千円で、十二万五千円」
加藤は、指を一本立てる。
「さらに、契約成立分の報酬が五万円」
もう一本、指を立てた。
「合計、十七万五千円。ちゃんと払えるの?」
(当たり前だろ、ボケナス。舐めてんのか、こいつ)
「もちろん、払えるよ」
「今、絶対に悪口考えたでしょ!」
「……」
加藤に電話営業を教えてから、仕事は順調だった。
ホームページ制作の単価は、五十万円前後。
さらに、月額三万円の保守契約もある。
加藤が商談機会を作る。
俺が契約を取る。
売上は、安定して伸び始めていた。
ただ。
毎週末の大阪出張。
デポル狩り。
営業。
制作。
事務処理。
弁護士業務の補助。
さすがに、仕事を抱えすぎている。
立花みずきが、エンジニアとして加われば理想的だ。
だが。
声をかけても、無視され続けている。
そもそも、立花が本当に優秀なのかも分からない。
前世の知識だけを頼りに、期待しすぎている可能性もある。
そろそろ、別の候補を探すべきか。
加藤は、家庭の件と父親の仇への復讐を経て、少しずつ回復していた。
今では、電話営業が楽しくて仕方がないらしい。
適応が早すぎるな、この女。
その時。
教室の窓ガラスが砕けた。
破片が、床へ降り注ぐ。
ほぼ同時に、前方の扉が乱暴に開かれた。
そこに立っていたのは、一九〇センチ近い大男。
その後ろには、中背の目出し帽。
廊下の奥にも、二人の目出し帽が見える。
全員、顔を隠していた。
「これからお前らには、俺たちから暴行を受けてもらう!」
暴行を始める前に、宣言するものなのか。
一瞬、笑いそうになった。
だが。
すぐに、その気分は消えた。
「肌の色……」
隣で、加藤が呟く。
俺も、同じ場所を見ていた。
大男の首から右腕にかけて。
どす黒い変色が、広がっている。
掠奪種。
ゆっくり、息を吐く。
怒りは、身体を力ませる。
力めば、動きが遅くなる。
攻撃も浅くなる。
だから、お前は弱い。
春から通い始めたキックボクシングジムで、あさみ先生から何度も言われた。
その教えのおかげで、デポル狩りも以前より楽になった。
何に技術を使っているか知られれば、破門されるだろう。
呼吸を整える。
直前の授業は体育だった。
身体も温まっている。
おおむね、準備はできていた。
相手は四人。
数だけなら、大したことはない。
だが。
教室は、すでに混乱していた。
泣き出す者。
動けなくなる者。
扉へ殺到する者。
机や椅子が倒れ、逃げ道を塞いでいく。
動くなら、今だ。
その瞬間。
後方の扉が開いた。
廊下にいた一人。
そちらへ意識を向けた直後。
加藤の腕が、中背の目出し帽に掴まれた。
「まったく……」
机の上にあったボールペンを掴む。
そのまま、相手の手の甲へ突き刺した。
目出し帽が、短い悲鳴を上げる。
大振りの右拳が飛んできた。
(素人が)
頭をわずかに動かし、拳を外す。
顎。
こめかみ。
もう一度、顎。
最小限の動きで、三度拳を入れた。
相手の膝が落ちる。
背後から、小柄な目出し帽が迫った。
手にはナイフ。
刃先が、背中へ伸びてくる。
身体を捻り、軌道を外す。
空いた顔面へ、蹴りを入れた。
だが。
蹴り切る前に、背後から制服を掴まれた。
身体が引かれる。
攻撃が浅くなった。
振り返る。
長い髪が、目出し帽の背中から伸びている。
その相手を振りほどこうとした瞬間。
小柄な目出し帽のナイフが、右腕へ突き刺さった。
「……っ」
これは。
明確なピンチだ。
そして。
普通に痛い。
背後の相手へ肘を入れ、拘束を外す。
小柄な目出し帽を前蹴りで押し返した。
近くにあった椅子を掴む。
大きく振り、近づく相手を牽制する。
まずは、距離を作る。
長い髪の目出し帽。
小柄な目出し帽。
先ほど倒した、中背の目出し帽。
立ち上がろうとした順に、椅子を叩きつけた。
一人。
二人。
三人。
動きを止める。
一通り片づけたところで、背後から声が飛んできた。
「見事な大立ち回りだな」
振り向く。
大男が、笑っていた。
その足元には、倒れた生徒たちがいる。
「喧嘩慣れしていると見える」
「……久世」
声がした。
山上だった。
床に倒れながらも、こちらを見ている。
「連れられるだけ連れて、逃げろ」
こんな時に、他人の心配か。
見た目だけではなく、性格までいいらしい。
恐れ入る。
「まあ、待て」
大男から視線を外さない。
「やれるだけやって、無理なら逃げるよ」
山上は、わずかに笑った。
そのまま、意識を失う。
大男が構えた。
右手には、木刀。
左手には、刃渡り三十センチほどのサバイバルナイフ。
距離は、約四メートル。
一気に踏み込むには、遠い。
「木刀とナイフの二刀流ですか」
椅子を盾にしながら、呼吸を整える。
「どこの巌流島から流れてきたんです?」
「うるせぇ! 黙って殴られてろ!」
「あの有名な決闘を知らないんですか?」
大男が、黙った。
何か考えている。
そして。
突然、顔を歪ませた。
「オマエ、コロシテヤル!」
木刀の先端を、こちらへ向ける。
怒るところが分からない。
だが。
余計な動きが増えた。
近くにあった椅子を、続けて投げる。
一脚。
二脚。
大男が、木刀で払い落とす。
その隙に踏み込んだ。
床に落ちた椅子を拾い直す。
勢いのまま、頭部へ叩き込んだ。
さらに一度。
もう一度。
椅子の背もたれが、頭へ沈む。
確かな手応えが、両腕へ返ってきた。
だが。
大男は、倒れなかった。
防ごうとすらしていない。
椅子を受けたまま、笑っている。
「……効かねぇよ」
(……嘘だろ)
「威勢はいいが」
大男が、口元を歪めた。
「お前、弱いな」
驚いたのは、一瞬だった。
腹部に、妙な違和感がある。
熱い。
視線を落とす。
腹から。
ナイフの柄だけが突き出していた。
刺された感覚が、遅れてやってくる。
熱が、腹の奥から広がっていく。
そこでようやく。
俺は、自分の腹にナイフが深く突き刺さっていることを理解した。




