第15話:接触_捕食逆転編②
ーー久世フェーズ
「つまり……こういうこと?」
放課後。
加藤が入居した県営住宅で、仕事の説明をしていた。
俺が貸した宿泊費。
当面の生活費。
そして、弁護士費用。
それらを返してもらうため、加藤には事業を始めてもらう。
内容は、俺が請け負うホームページ制作の商談機会を作ること。
世間一般では、テレアポと呼ばれている。
携帯とノートパソコンさえあれば始められる。
企業へ電話をかけ、商談の約束を取りつける。
その商談機会を、一件数千円から数万円で販売する。
俺がいた二〇二五年でも、この仕事はなくなっていなかった。
電話をかけ続けることが苦でなければ、十分な収益を出せる。
もちろん。
俺は、それが苦だ。
だから、加藤にやらせる。
携帯とノートパソコンは、俺が貸す。
加藤には、個人事業主として動いてもらう。
時給八百円のアルバイトでは、俺への返済に時間がかかりすぎる。
俺は、加藤を利用するために助けた。
理由は単純だ。
彼女の声が、美しいから。
テレアポでは、相手へ伝わる情報が声に集約される。
声質。
口調。
息遣い。
話す速さ。
間の取り方。
それらすべてが、相手の判断材料になる。
加藤には、必要な要素が揃っていた。
滑舌がいい。
聞き取りやすい。
話す速度も安定している。
そのうえ、頭の回転も速い。
人間は、使い方次第で価値が跳ね上がる。
加藤は、その典型だった。
「私が企業へ電話をかける」
加藤は、手元の資料へ視線を落とす。
「アポイントが取れたら、久世くんへ一件五千円で売る」
「そう」
「その商談から契約が成立したら、追加で五千円」
「そう」
事前に作っておいた業務マニュアルを見せる。
加藤は、すぐに内容を理解した。
架電する時間。
一日に必要な件数。
アポイントが取れた後の流れ。
自分が何をすべきか、頭の中で組み立て始めている。
優秀だ。
「俺が君に渡すのは、電話営業の方法と、自分で金を稼ぐ手段」
加藤は、真剣な表情で頷いた。
「借りたお金を返し終わった後も、高校在学中は業務委託契約を続ける」
「了解!」
契約内容まで、一度で理解した。
頭のいい人間というのは、どうにも腹が立つ。
完全な僻みだ。
それでも、能力は素直に評価している。
まずは見本として、俺が電話をかけた。
運よく一件、アポイントが取れた。
そのまま加藤へ交代する。
結果。
一時間で、五件。
「楽勝!」
「……」
一件五千円。
時給換算で、二万五千円。
さすがに、これはまぐれだろう。
そう思いたかった。
だが、この調子なら、高校在学中に売上一千万円も現実的になる。
あとは。
俺が契約を取るだけだ。
そして、もう一人必要になる。
ホームページを作る人間。
エンジニアだ。
「立花みずき……」
入学から、約九か月。
何度か声をかけている。
だが、すべて無視されていた。
そろそろ。
会話くらいはしてくれてもいいのではないだろうか。
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徳島。
人気のない裏路地。
加藤への説明を終え、新居を後にした。
これから、取得したアポイント先を調べる。
企業の規模。
既存のホームページ。
予算。
決裁者。
商談前に情報を揃え、契約率を上げる必要がある。
その帰り道。
妙に、足音の間隔が合っていることに気づいた。
振り返らない。
だが。
いる。
一定の距離を保ち、ついてくる影。
黒いコート。
顔はよく見えない。
デポルか。
断定はできない。
何でもデポルへ結びつけるのは、俺の悪い癖だ。
だが、警戒を解く理由もない。
あえて進路を変える。
自動販売機の前で立ち止まり、飲み物を買うふりをした。
そこから、来た道を引き返す。
影も、進路を変えた。
ついてきている。
間違いない。
よし。
殴ろう。
デポルなら、そのまま駆除する。
人間なら。
後をつけてきたお前が悪い。
それで通す。
人通りのない路地へ入る。
角を曲がった直後。
身を低くし、壁際へ張りついた。
足音が近づく。
一歩。
二歩。
影が角から姿を見せた瞬間。
立ち上がりながら、左足を振り抜いた。
踵が、顔面へ食い込む。
相手の身体が大きく揺れた。
「ちょっと、話がしたいだけです」
距離を詰める。
「止まってください」
いきなり顔を蹴った人間の言葉ではない。
それでも、一応は声をかけた。
男は、こちらを一度見た。
次の瞬間。
背を向け、全速力で走り出した。
「……逃げるのか」
追う。
だが、速い。
顔面へまともに入ったはずなのに、速度が落ちていない。
手応えも、妙に薄かった。
常人ではない。
やはり、デポルか。
結局、追いつけなかった。
男の姿が、路地の向こうへ消える。
残ったのは、違和感だけだった。
念のため、何度も道を変えた。
遠回りを繰り返し、一時間ほどかけて帰路についた。
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ーー偵察役フェーズ
「はぁ……はぁ……」
何なんだ、あいつは。
いきなり顔面を蹴ってきた。
あんな人間を、野放しにしているのか。
この国は。
五百メートルほど、全力で走った。
頭の中が揺れている。
頬も痛い。
それでも、走り切ることはできた。
周囲を確認する。
追ってくる姿はない。
携帯を取り出し、決められた番号へ発信した。
「定時報告です」
「シュビハ?」
「正直、誰が誰だか分かりませんね」
頬を押さえる。
「人間の顔なんて、どれも同じに見えます」
俺は、大阪から派遣されたデポルだ。
肌の変色が少ない。
人間の中へ紛れ込みやすい。
そのため、偵察役を任されている。
「大阪の縄張りを荒らした人間が、徳島にいるかどうかは分かりません」
一度、息を整える。
「ただ、掲示板の連中は予定どおり乗ってきました」
「ソウカ。ヒトマズ、ソレデイイ」
引き続き調べろ。
返ってきた指示は、それだけだった。
無茶を言う。
分かっている特徴など、黒髪ということくらいだ。
そんなもの。
日本人の大半に当てはまる。
人間の顔の違いなど、正直どうでもいい。
だが。
「あいつ……」
先ほどの少年を思い出す。
学生服。
無表情。
何の迷いもなく放たれた蹴り。
あの一撃から。
肌に触れるより先に、殺意が伝わってきた。
人を追い払うための蹴りではない。
最初から。
壊すつもりで振り抜かれていた。
「大阪の縄張りを荒らした奴だったりしてな」
口に出した直後、自分で否定する。
あり得ない。
相手は学生だった。
身体を鍛えているだけの人間。
たまたま勘が鋭かっただけだ。
そう結論づけ、考えることをやめた。
面倒なものには、関わりたくない。
命令どおり。
情報だけ集めればいい。
何度も後ろを確認しながら、道を変える。
遠回りを重ね、宿泊しているホテルへ戻った。
それでも。
少年の目だけが、頭から離れなかった。
あれは。
獲物を見る目ではない。
害虫を見つけた人間の目だった。




