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第14話:希望_捕食逆転編①

徳島県小松島市・某アパート

ーーサカグチフェーズ


カタカタカタカタカタカタ。


カタカタッ。


タッターン。


「ふう……今日も勝ったな」


俺のキーボードが火を吹く。


画面の向こうにいる誰かを論破した。


少なくとも、俺はそう思っている。


匿名掲示板でレスバトルを吹っかけ、煽り、煽り返し、最後に相手が黙れば勝ち。


それが俺の日課だった。


この部屋の郵便受けには、坂口という名前が貼られている。


サカグチ。


今の俺が名乗っている名前だ。


本当の名前ではない。


そもそも、俺に本当の名前があったのかどうかも、もうよく分からない。


この部屋にいた人間が、いつ、どこへ消えたのか。


そんなことも知らない。


ただ、ここに住み、ここで眠り、ここで飯を食っている。


それだけで、サカグチという名前は俺のものになった。


コンビニでアルバイトをしている。


三十五歳。


独身。


友人なし。


恋人なし。


貯金も、ほとんどない。


カップラーメンを啜りながら、今日も勝利の余韻に浸る。


安っぽいスープの匂い。


汚れたテーブル。


畳の上に積み上がったゴミ袋。


この部屋が、俺の世界のほとんどだった。


そして、レスバが終われば、いつもの作業に入る。


自殺募集掲示板。


俺が夜な夜な作り上げた場所だ。


夢も希望もない、なんて言葉で片付ける気はない。


ただ一つだけ、はっきりしている。


ここにいる意味が、もう分からない。


それだけだった。


全部、この身体のせいだ。


掠奪種デポル


人間の形をしている。


人間の言葉を使える。


だが、人間ではない。


そういう存在。


以前は東京にいた。


戸籍もない。


住む場所もない。


仕事もない。


あるのは、この身体だけ。


その東京で見たものは、ろくでもなかった。


デポル同士の縄張り争い。


一部の人間とデポルの抗争。


血が飛び、骨が折れ、誰かが消える。


力の強い奴が奪う。


弱い奴は逃げる。


俺は逃げた。


必死に。


死に物狂いで。


怒り狂うような衝動はある。


今もある。


理由もなく、誰かの顔面を殴りたくなることがある。


目の前の客の財布を奪いたくなることもある。


それでも、抑えてきた。


訓練した。


腹が減りすぎないようにした。


眠れない日は、外に出ないようにした。


怒りそうになれば、指を噛んだ。


その甲斐もあって、今まで誰も傷つけていない。


肌の色も、赤くなる程度で収まっている。


この田舎では、デポルなんて都市伝説に近い。


見る奴が見れば分かるのかもしれない。


だが、今のところはバレていない。


それでも。


こんなふうに自分を偽って生きることが、本当に生きるということなのか。


笑う。


謝る。


頭を下げる。


人間のふりをする。


腹の奥で何かが暴れているのに、何もない顔をする。


それはもう、死んでいるのと同じではないのか。


生きている実感があるのは、レスバをしている時だけだった。


画面の向こうの誰かを傷つける。


言葉で殴る。


顔も知らない相手が黙る。


その瞬間だけ、少しだけ息ができる。


だが、それすら虚しい。


だから作った。


終わるための場所を。


掲示板には、三人が集まった。


“男、四十歳。もう全部疲れました”


“二十五歳です。借金があります。誰か一緒に”


“二十歳、女です。ひとりは怖いです”


理由は聞いていない。


どうせ、ろくでもない。


俺たちは同じだ。


一人で死ぬのが怖いだけの、終わった人間。


方法は決めている。


煉炭自殺。


俺の車に細工をして、内側から扉が開かないようにする。


その中で、みんなで仲良くさようなら。


日取りも決まった。


あとは部屋の整理でもしようかと思っていた。


その時だった。


携帯が震えた。


非通知。


いや、それだけではない。


表示がおかしい。


見たことのない形式の番号だった。


「……なんだこれ」


四人目の志願者かと思った。


だが、違った。


届いたのは、一通のメッセージ。


“どうせ死ぬのだろう?”


“なら、最後に役に立ってから死ね”


背中に、冷たいものが這った。


「……誰だよ」


続けて、画像が送られてくる。


場所。


時間。


動線。


見取り図。


侵入経路。


逃走経路。


異様なほど正確だった。


まるで、最初から俺たちを使う前提で組まれている。


そう感じた。


最後に書かれていたのは、報酬だった。


“一億円”


思わず立ち上がった。


“前金、五百万円”


“成功報酬、九千五百万円”


「……は?」


現実感が追いつかなかった。


すぐに口座を確認する。


入っている。


五百万円。


数字が、そこにあった。


胸の奥で、何かが弾けた。


これまでずっと抑え込んできたもの。


怒り。


衝動。


飢え。


それらが、一気に浮上する。


内容をもう一度確認する。


“四人で行動しろ”


“指定された学校に入れ”


“十五分間、生徒と教師に暴行を加えろ”


“殺しても構わない”


「……簡単すぎる」


笑いがこみ上げてきた。


これまで何のために耐えてきた。


何のために抑えてきた。


何のために、人間の顔を作ってきた。


その答えが、今ここにある気がした。


一億あれば、やり直せるかもしれない。


いや。


そもそも、やり直す必要なんてあるのか。


もう、我慢しなくていいのではないか。


奪いたいなら、奪えばいい。


殴りたいなら、殴ればいい。


それで金までもらえる。


こんなに分かりやすい希望が、他にあるだろうか。


日時を確認する。


二〇〇七年一月某日。


徳島県立防縁高校。


一年A組。


「……高校?」


ほんの一瞬だけ、引っかかった。


相手は子どもだ。


教師もいる。


関係のない人間もいる。


そう思った。


だが、すぐにどうでもよくなった。


関係がない。


だから何だ。


俺の人生に、誰が関係してくれた。


俺が路上で寝ていた時。


腹を空かせていた時。


デポル同士の争いから逃げていた時。


誰かが、俺に関係してくれたか。


誰もいなかった。


なら、俺も知らない。


画面の端に、ノイズのようなものが走った。


一瞬だけ。


見られている。


そんな錯覚がした。


「……気のせいか」


誰もいない部屋で呟く。


だが、確かに何かがあった。


視線のようなもの。


あるいは、もっと上から覗き込む何か。


気味は悪い。


けれど、それすら今はどうでもいい。


俺は、もう一度メッセージを読み返した。


“最後に役に立ってから死ね”


その言葉が、妙に胸に残った。


役に立つ。


俺が。


この俺が。


誰かの役に立つ。


そのために、人を殴る。


殺しても構わない。


一億円が手に入る。


「……いいな、それ」


久しぶりに笑った。


声を出して。


腹の底から。


本当に久しぶりだった。


生きている気がした。


その時。


抑え込んでいたはずの色が、皮膚の奥から浮かび上がってくる。


赤黒く。


粘つくように。


腕の血管に沿って、じわじわと広がっていく。


いつもなら、すぐに押し殺す。


目を閉じて、呼吸を整え、冷たい水を飲む。


だが、今日は止めなかった。


止める理由がなかった。


「……希望、か」


誰にともなく呟く。


俺は何度も画面を見返した。


侵入経路。


教室の位置。


人数。


時間。


十五分。


たった十五分。


その十五分のために、俺は生きてきたのかもしれない。


そんな馬鹿げた考えが、妙にしっくりきた。


まるで。


最初から、そのために生まれてきたかのように。


俺は携帯を握りしめ、三人に連絡を入れた。


“死ぬ前に、仕事をする”


そう送った。


画面の光が、薄暗い部屋を照らしている。


その光の中で、俺の腕はまだ赤黒く脈打っていた。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです( ^ω^) #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公
― 新着の感想 ―
僕がデポルなら常に腕が赤く光ってるずですわ。
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