第13話:観測者たち_閑話
――天界。
「ねぇ、アステリア様。呼ばれてきたけど何?」
『お前、久世の拳の骨折を治したな?』
「いつの話してんの。いいじゃん別に」
『勝手に回復させてんじゃねーよ。干渉したくねぇんだよ。それに骨折は本来、一ヶ月単位で治るものだ。それが翌日に消えている。どう考えても異常だろ』
それは、誰にも知られない場所での会話だった。
空でも、地でもない。
ただ、世界の外側から“彼”を眺めているだけの領域。
「相変わらずね。無駄がない」
ひとりが呟く。
視線の先には、淡々と歩く少年――久世の姿。
「昔は、もう少し表情があったと思うけれど」
「ええ。中学くらいまでは、むしろ穏やかだったわ」
別の声が重なる。
笑うこともあった。
人と関わり、不器用ながらも、どこか優しさの残る少年だった。
「父親との一件以降、少し落ち着いたのよね」
「そうそう。あの頃が一番“穏やか”だったんじゃない?」
くすり、と小さく笑いが漏れる。
「吉田姉妹とも、いい感じだったのにね」
「……ああ、あの子たち」
一瞬だけ、間が空く。
「――もったいなかったわね」
それ以上は、誰も言わない。
だが、その沈黙が何より雄弁だった。
「中学の監禁事件から、変わった感じだよね」
ぽつり、と誰かが言う。
「ええ?“あの子”と出会ってからじゃない?」
女神メルは、何食わぬ顔で聞いている。
「優しくなったわけじゃないわね」
「削ぎ落としただけ」
「余計なものを全部捨てて、残ったのが今のあれ」
視線の先。
久世は、何事もない顔で歩いている。
迷いも、躊躇もない。
「……あの子、このままで幸せになれるのかしら」
静かな声だった。
答える者はいない。
「さあね。少なくとも、“普通”の道はもう選ばないでしょう」
「選べない、の間違いじゃない?」
短い沈黙。
「でも、少し変わってきているわよ」
「え?」
「隣にいるあの子。あれは想定外だったはず」
めぐみの存在。
盤面に置かれた、予定にない駒。
「……確かにね」
皆が頷く。
――ひとりを除いて。
『おい、お前ら。こいつは俺がやり直しさせている。勝手なことをするな』
たまらず、声を荒げる。
「おっ、出た。アステリア様の説教」
「はいはい、怖い怖い」
軽口が飛ぶ。
(私は舐められているのか…いや、今はいい。)
確かに久世は変わった。
いや、元々歪んでいたものが、形を得ただけだ。
あの事件を境に、あいつは選び始めた。
自分で。
自分に受けた理不尽を、他人に同じものを味わわせたくない。
その一点から始まった“優しさ”が、今は形を変えている。
残酷なほどに、愚直に。
――やはり、見誤ってはいなかった。
あいつがどこまで行くのか。
それを見届ける価値はある。
本来なら、私は干渉しない。
ただ、見ているだけでよかったはずだ。
「ねぇ、メル。今回も久世くんの額の傷、治してあげようよ!」
「いいねぇ。では早速!――」
首に腕わやまわす。
『やめろ』
低い声。
「ちょ、ちょっとアステリア様!?冗談だってば!」
抵抗するが、力は緩めない。
意識が落ちる、その直前。
メルは、ほんの一瞬だけ笑った。
(……もう、混ざってるのに)
・
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――同時刻。
俺はガラケーを閉じ、短く息を吐いた。
「さて。加藤にはテレアポを任せるとして……」
明日からのビジネス基盤について、ようやく整理が完了した。
「立花はどうすれば仲間に引き込めるのか」
半年以上無視されている。
頭が痛いところだが、エンジニア確保のため何とかしなければならない。
俺は一度、目を閉じた。
――嫌な予感がした。
理由はない。
だが、こういう勘は外れない。




