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第12話:混ざりもの_めぐみ案件編④

ーー久世フェーズ


加藤の話を整理すると、こうだった。


去年の五月。


父親が、轢き逃げで死亡した。


警察には届けていない。


それをきっかけに、母親の暴力が始まった。


最初は殴打。


半年前から、物を投げられるようになった。


直近二か月は、包丁で切りつけられている。


何度か家を出た。


だが、行く場所はなかった。


友人と呼べる相手もいない。


限界を超え、今日、屋上から飛び降りた。


なかなかに酷い。


俺は金属バットで殴られていたから、まだ幾分かましだったのかもしれない。


そう考えた時点で、俺の感覚も少し壊れているのだろう。


だが、同情だけで動くつもりはない。


ここからが、本題だ。


「現状は分かった。話してくれてありがとう」


加藤の正面に座り直す。


「ここから聞きたい。君は、どうしたい?」


加藤は、しばらく黙っていた。


やがて、低い声で答える。


「……母親を、殺したいほど憎んでるわけじゃない」


そこで一度、息を吸った。


「でも、やられた分はやり返したい」


目の奥に、黒い火が灯っている。


「それから」


声が、さらに低くなった。


「お父さんを轢き逃げした奴らを、この手で殺したい」


憎しみに満ちていた。


気持ちは理解できる。


理解できるからこそ、安易に止める気にはなれなかった。


「どんな特徴だったか、覚えてる?」


「車から降りてきた男は、肌の一部がどす黒かった」


加藤は、記憶を手繰るように眉間へ皺を寄せる。


「血塗れのお父さんと私に暴言を吐いて、そのまま逃げた。助手席には女がいたと思う」


胸の奥を、熱が走った。


「……そうか」


掠奪種デポル


加藤の父。


加藤クラウスを殺したのは、人間ではなかった。


「君は、その存在を知ってる?」


「デポル、だよね」


加藤は、静かに頷いた。


「ニュースで聞いたことはあった。でも、実際に見たのは、その時が初めて」


そして、何かを思い出したように顔を上げる。


「あと、ナンバー」


「覚えてる?」


「赤いスポーツカー。番号は、たしか……」


聞いた瞬間、頭の中で線が繋がった。


車種。


場所。


時期。


ナンバー。


盗難車なら、記録に当たれる。


名義が残っていれば、さらに早い。


「よく覚えていたね」


「忘れられるわけないでしょ」


当然だった。


俺も、あの夜のことを忘れられない。


話を最後まで聞き、加藤に金を渡した。


しばらく、ビジネスホテルに泊まるよう伝える。


俺は弁護士とはいえ、未成年だ。


すべてを一人で、正規の手続きに乗せるには限界がある。


ひとみにも共有しておく必要があった。


ただし。


すべてを話すつもりはない。


俺がこれからすることは、法律相談ではない。


駆除だ。





二週間、学校を休んで調べた。


結果は、すぐに出た。


徳島県勝浦郡。


山に埋もれるような地域に、一軒の家がある。


当時の赤いスポーツカーはなかった。


だが、車の名義人の住所は、そこになっていた。


死亡届は出ていない。


本人が生きているのか。


それとも、名義だけを奪われたのか。


どちらにせよ、確認する価値はある。


重たい鞄を右手に持ち直す。


玄関の前に立ち、チャイムを押した。


しばらくして、扉が開く。


出てきたのは、色黒の男だった。


この時代で言うなら、ちょい悪オヤジというやつだろう。


「ナンダ、オマエ」


流暢な日本語。


だが、わずかに訛りがある。


徳島のものか。


それとも、人間の真似をした時に残る癖か。


「初めまして。弁護士の久世と申します」


最後まで名乗る前に、男の拳が飛んできた。


速い。


半歩ずらす。


そのまま、顔面へ拳を叩き込んだ。


男の身体がよろめく。


皮膚が、赤黒く変色した。


ビンゴ。


一気に踏み込む。


その瞬間。


側頭部に、重い衝撃が走った。


視界が弾ける。


ゴルフクラブ。


「……八年分の知識が飛ぶだろうが」


ふらつきながら、家の奥を見る。


女がいた。


おそらく、助手席に乗っていた女。


考えるより早く、身体が動いた。


顔面へ拳を入れる。


骨に当たる感触。


女が声を上げる前に、前蹴りで壁へ押し込む。


さらに追撃しようとしたところへ、男が割って入った。


手には、ナイフ。


「あなた方は、本当にナイフが好きですね」


頬を伝う血を拭う。


「切り裂き魔にでも憧れているんですか?」


「ナイフデ、ナブルノガ、オモシロイカラダヨ!」


対ナイフ戦の経験はある。


だが、慣れたつもりになるのが一番危険だ。


軌道を見る。


半歩ずらす。


肋骨へ膝を入れる。


浮いた顎へ、肘を叩き込んだ。


それでも、男は止まらない。


刃が、頬を掠める。


遅れて、熱い痛みが走った。


それでも。


止まる理由にはならない。


(このゴキブリ野郎が)


その時。


背後で、何かがぶつかる音がした。


振り向く。


加藤がいた。


角材を両手で握り、女の前に立っている。


「お前……覚えてるぞ」


声が震えていた。


怒りで。


恐怖で。


それでも、逃げてはいない。


「あの時、お父さんを轢き殺した時、助手席に乗ってた奴だな!」


男の意識が、女へ向いた。


見逃す理由はない。


腹へナイフを突き立てる。


さらに、顔面を殴りつけた。


「マサミ……」


男が、女の名を呼ぶ。


「それは、この家の持ち主の配偶者でしょう」


やはり。


名前も。


家も。


生活も。


すべて奪っている。


加藤が、男へ近づいていく。


鬼のような顔だった。


涙を流しながら、角材を振り上げる。


俺は止めなかった。


復讐は、何も生まない。


天国の父親も、そんなことを望んでいない。


そんな綺麗事を言える立場ではない。


復讐は、死んだ誰かのためにするものではない。


残された自分のためにするものだ。


加藤が振り下ろすなら。


それでいいと思った。


だが。


角材は、途中で止まった。


「……殺せない」


大粒の涙が、床へ落ちる。


「お父さんの仇なのに……殺せない……」


加藤は、その場に崩れ落ちた。


泣き声が、静かな山の中に響く。


俺は息を吐き、彼女の隣へしゃがんだ。


「加藤さん」


加藤は顔を上げない。


「俺は、復讐そのものを否定しない」


返事はなかった。


「でも、今回はもういいんじゃないか」


「……」


「本当なら、君は今日ここにいなかった。屋上で死んでいた」


加藤の肩が、わずかに揺れる。


「直接引っ張り上げたのは俺だ」


一度、言葉を切る。


「でも、今ここで殺さないと選んだのは、君だ」


「……でも」


「忘れる必要はない。許す必要もない」


角材を握る手を見る。


「ただ、無理やり業を背負う必要もない」


俺は、思ってもいないことを知ったふうに語っている。


そんな自分に、反吐が出そうになる。


「お父さんのことを覚えていられるのは、君だけだ」


加藤は、ゆっくり顔を上げた。


「嫌いな奴で心を埋めるより、好きだった人で心を満たせばいい」


しばらく、何も言わなかった。


やがて。


加藤は、小さく頷いた。


「……分かった」


タクシーを呼ぶ。


数キロ先のコンビニで待つよう伝えた。


加藤には、もう十分だ。


ここから先は。


俺の仕事になる。





扉が閉まる。


加藤の足音が、遠ざかっていく。


「さて」


床に転がった角材を拾う。


「邪魔者はいなくなった」


男が、女へすがりついた。


「コイツダケハ、タスケテクレ……」


「それは、なぜです?」


角材の握りを確かめる。


「コイツハ、デポルダ。シカシ、ミロ!」


女へ視線を向ける。


大怪我をしている。


だが、気になるのはそこではない。


デポルだという割に、肌がほとんど変色していない。


「希少種……か?」


「ワカラナイ。オヤニヨルノカモシレナイ」


親。


遺伝。


その単語が、頭の中で嫌な形を作る。


デポルと人間。


デポル同士でも、性質が違う可能性。


混ざりもの。


確証はない。


だが、見逃せない仮説だった。


「ダカラ、コイツハ、ニンゲントシテイキテイケル」


「勘違いするなよ」


男を見る。


「デポルか、人間か。どこの国で生まれたか」


一歩、近づく。


「そういう話じゃない」


「……」


「悪いことをしたら、罰せられる」


角材を構える。


「それが普通なんだよ。間抜けが」


「コロシテヤル……ゼンブ、ウバッテヤルヨ!」


男が立ち上がる。


腹に刺さっていたナイフを抜き、握りしめていた。


「最終戦ですね」


手負いのデポルは危険だ。


油断はしない。


角材を、男の足元へ投げる。


脛に当たり、体勢が崩れる。


そこへ踏み込み、顔面を蹴り抜いた。


歯が飛ぶ。


それでも、男は立ち上がった。


次の瞬間。


床の砂埃が、顔へ飛んできた。


視界が白く染まる。


「ちっ……」


「シネ!」


額に、刃が走った。


遅れて、血が噴き出す。


それでも前へ出る。


ナイフを左の掌で受け止めた。


刃が、手を貫く。


痛みを無視し、男の右手を掴む。


右拳を固める。


上から、顔面へ振り下ろした。


一発。


二発。


三発。


血が跳ねる。


男の顔が、少しずつ沈んでいく。


「……さて」


息を整える。


「去年の轢き逃げ。覚えていますよね」


男は、切れ切れに語り始めた。


加藤の母が好きだったこと。


父親に怪我をさせ、別れさせるつもりだったこと。


あれからは、人間を襲っていないこと。


加藤母子に、謝罪と賠償をしたいこと。


涙ながらの言葉に、同情は一ミリも湧かなかった。


むしろ、引っかかる点が一つあった。


どうやって、賠償するつもりだったのか。


仕事も。


戸籍も。


住んでいる家も。


すべて奪ったものなのに。


確認しようとした、その時。


背後で、砂を擦る音がした。


女。


気配が薄い。


振り向く。


隠し持っていたアイスピックが、頬を掠めた。


俺は、左手に刺さったナイフを抜く。


そのまま、女へ突き立てた。


刃が、胸へ沈む。


「ガハッ……オニイ、チャン……」


動きを止めるため、さらに刃を入れる。


女の身体が震えた。


左腕が、黒く変色している。


「肌の色が変わりにくい個体」


荒い息を吐く。


「あるいは、自分で抑えられる個体もいるということか」


女は、その場に崩れ落ちた。


「お前らは、そうやって言葉を扱えるから、嘘ばかりだな」


男へ視線を戻す。


「仕事もせず、奪うことしかしていないお前らが」


血のついた手を握る。


「どうやって賠償責任を果たすんですか」


「ソリャ……ウバッテ、ダ……ヨ」


男は笑った。


「オマエノカオ、アノヨデモ……ワスレナ、イ……」


それを最後に。


男は動かなくなった。


静かになった家の中で、深く息を吐く。


女が言った。


お兄ちゃん。


肌の変色が薄かったこと。


男が言った。


親によるのかもしれない。


遺伝。


血。


混ざりもの。


今の俺には、調べようがない。


だが。


俺の最終目標には、必ず関わってくる謎だ。


後処理と応急処置を済ませ、上着を着替えた。


タクシーを呼ぶ。


コンビニで待っていた加藤を拾った。


加藤は、おにぎりを頬張っていた。


生きるために、食べている。


その姿を見て、少しだけ安堵した。


前世で俺は、十八歳まで徳島にいた。


その頃、デポルに会った記憶はない。


だが。


この田舎にすら、こうして潜んでいた。


平気で奪う。


嘘をつく。


人を殺す。


どこにでもいる。


どこにでも隠れている。


拳を握りしめる。


(日本から消してやる)


すべて。


横で眠る加藤の顔を見る。


金色の髪。


整いすぎた顔。


そして。


父親を殺した女が残した言葉。


お兄ちゃん。


男が口にした、親という存在。


(混ざりもの、か)


俺は、ゆっくり目を閉じた。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・コメントで応援いただけると嬉しいです。 #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公 #社会風刺
― 新着の感想 ―
デポルは昔からド田舎?にも潜伏してたんですね。 その時点でハーフとなるとさらに昔から。 どこが起源でどう広がっていったのか。
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