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第11.5話:命の使い道・後編_めぐみ案件編③

ーーめぐみフェーズ


もっと、踏み込んでくれてもよかったのに。


高校の屋上で、私は久世くんの名刺を見つめていた。


久世恒一。


高校生。


弁護士。


意味が分からない。


何をどう考えたら、高校生で弁護士になろうと思えるのだろう。


そもそも、本当にそんなことができるのか。


登録番号も。


見せられた画面も。


嘘には見えなかった。


だからこそ、得体が知れない。


気持ち悪い。


不気味。


でも。


少しだけ、気になった。


「……変な人」


呟いた言葉は、風に流れた。


けれど、状況は何も変わらない。


家に帰れば、母がいる。


酒の匂い。


濁った目。


包丁。


リモコン。


今日は、どれにする。


そう言って笑う、母の顔。


もう、限界だった。


防緑高校に来れば、何かが変わるかもしれない。


アステリアの言葉に従えば、違う未来があるかもしれない。


そう思っていた。


けれど、現実は変わらなかった。


三回死んだ。


そして、今が四回目。


これで最後。


「私の人生は、ここで終わるようになってるんだ」


思わず、言葉が漏れた。


父のことを思い出す。


優しかった。


大きな手。


低い声。


少しぎこちない日本語。


家族三人で笑っていた時間。


あの時間だけで、十分だった。


もう、それ以上は望まない。


フェンスを越える。


風が強い。


足元に、校庭が見える。


遠い。


でも、恐怖はなかった。


少なくとも。


その時は、そう思っていた。


四回目。


これで最後。


身体を前へ倒す。


空と地面が、ゆっくりと入れ替わる。


ほんの一瞬だけ。


久世くん。


変な人だったな。


そんな考えが、頭をよぎった。


そして。


重力に引かれるまま、落ちた。





はずだった。


「……っ!」


右腕に、焼けるような痛みが走った。


身体が、宙で止まっている。


落ちたのに。


死ぬはずだったのに。


私は、まだ空中にいた。


見上げる。


屋上の床に腹這いになった久世くんが、私の右腕を掴んでいた。


片手で。


血管が浮き出るほど、強く。


私の腕も痛い。


たぶん。


久世くんの腕も、同じくらい痛い。


それでも、離さなかった。


「なあ」


久世くんが、息を詰まらせながら言う。


「これで、一回死んだようなものだろ」


苦しそうに息を吐く。


「だから一回、俺に話してみてほしい」


意味が分からなかった。


落ちたはずだった。


終わるはずだった。


なのに、この人は。


まるで仕事の条件を確認するような顔で、そんなことを言う。


「……帰ったふりして、つけてたの?」


「はい」


「何で、そこまで私に構うの?」


「利用できそうだから」


一瞬。


言葉が理解できなかった。


そして。


「……ぷふっ」


笑いが漏れた。


「あははははは!」


一度こぼれた笑いは、止まらなかった。


普通は違うはずだ。


こういう場面では、もっとそれらしい言葉がある。


助けたい。


放っておけない。


生きてほしい。


そんな言葉を言われる場面ではないのか。


そして、私が。


恋愛小説のヒロインみたいに、恋に落ちる場面ではないのか。


もっとも。


物理的に落ちているのは、私の方だけれど。


それなのに。


利用できそうだから。


この人は、真っ直ぐな目でそう言った。


「……最低」


「否定はしません」


「でも、信用できない!」


「当然ですね」


即答だった。


否定も。


弁解もない。


高校生。


弁護士。


突然の求婚。


虐待の指摘。


屋上まで尾行。


これで信用しろと言う方が、無理だ。


「でも、話す価値はあると思う」


「どうして?」


「今死ぬはずだった人間が、まだ生きてる」


久世くんの手に、さらに力が入る。


「それだけで、状況は変わってる」


笑いが止まった。


「これからも死ぬつもりなら、その前に何でもできるだろ」


「……」


何も言い返せなかった。


三度も死んだ。


でも。


結局、何もできなかった。


母を止めることも。


逃げることも。


助けを求めることも。


父の死を調べることも。


何も。


「だから、一回だけでいい」


久世くんの声は、静かだった。


押しつけるでもなく。


引くでもなく。


ただ、選択肢を置くような言葉。


「話してみてほしい」


腕が痛い。


足元には何もない。


風が強い。


死ぬつもりだったはずなのに、心臓がうるさかった。


「……分かった」


気づけば、そう答えていた。


「全部は、話さないかもしれないけど」


「それで構いません」


久世くんは、顔色一つ変えずに私を引き上げた。


足が、屋上の床に触れる。


現実へ引き戻されたような感覚だった。


足に力が入らない。


その場に座り込みそうになる。


なのに。


久世くんは、鞄からペンと用紙を取り出した。


「では、まずこのヒアリングシートに名前からお願いします」


「……ちょっと待って」


思わず遮る。


「それ、今やるの?」


「えっ。仕事なので」


「はあ……」


深いため息が出た。


本当に、何なんだこの人は。


さっきまでの空気は、どこへ消えたのか。


「……本当に、変」


そう言いながら、紙を受け取る。


ペンを握った瞬間。


手が震えた。


紙の上に、水滴が落ちる。


「……あ」


涙だった。


一粒。


二粒。


止まらない。


全身から力が抜けた。


その場に、座り込む。


「……怖かったんだ」


口から、勝手に言葉がこぼれた。


「死ぬの、怖かったんだ……」


三回死んだ。


それでも、慣れなかった。


毎回、怖かった。


苦しかった。


それでも。


終わるしかなかった。


「本当は……生きたかった」


視界が滲む。


父の顔が浮かぶ。


私を守ってくれた人。


あの人の分まで、生きたかった。


「……お父さん」


声が震える。


「……ごめんなさい」


こんな終わり方をするはずではなかった。


でも。


ちらりと、目の前の男を見る。


表情は変わらない。


慰めるわけでもない。


優しい言葉をかけるわけでもない。


ただ。


そこにいる。


それだけなのに。


だからこそ。


この人なら。


そう思ってしまった。


今までとは違う。


理由は、分からない。


けれど。


「……一回だけ」


小さく呟く。


「利用されてみようかな」


誰に向けたわけでもない言葉だった。


久世くんは、ただ頷いた。


私は、まだ生きている。


だったら。


一回くらい。


この変な人に、使われてみてもいいのかもしれない。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・コメントで応援いただけると嬉しいです。 #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公 #社会風刺
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