第132話:封殺_駆逐編⑧
ーー三橋フェーズ
二〇二四年十一月。
社会保全省の内部には、いまも高宮先生へ恩義を感じている者がいる。
私が最初に接触したのは、登録者の審査に関わる職員だった。
登録者の名簿。
審査の基準。
収容施設へ送られた者の記録。
そのすべてを持ち出させる。
保護を求めて名乗り出た者が、どのような基準で危険と判断され、どこへ収容されたのか。
どういう基準で、デポルを選別しているのか。
久世政権が公表していない実態を暴けば、登録制度への信用は崩れる。
国会で追及する材料にもなる。
かなり危険だが、一刻を争う。
指定した日時。
私は都内のホテルで、協力者からの連絡を待っていた。
だが、時間を過ぎても連絡は来なかった。
代わりに届いたのは、短いメッセージだった。
『本日付で、地方支局への異動を命じられました』
審査部門から外された。
(計画が漏れている……のか?)
不測の事態に備え、複数手を用意している。
久世政権の不当性を訴える資料を、複数の報道機関へ送った。
登録者の一部が、本人や家族への説明もなく施設へ移送されている。
施設では外部との連絡を制限され、退所の基準すら明らかにされていない。
すべて内部から持ち出された記録だ。
報道されれば、久世も無視できない。
ところが翌朝。
ニュースになったのは、施設の不当性ではなかった。
”高宮元総理の関係者、虚偽資料で報道機関を誘導か”
送った資料の一部が、偽物に差し替えられていた。
存在しない登録者。
実在しない施設。
加工された写真。
報道機関へ届いた時点で、資料は信憑性を失っていた。
こちらの協力者を名乗っていた男も、連絡がつかない。
最初から、入り込まれていた。
私が動き始めてからではない。
準備を始める前からだ。
「加藤めぐみ……」
数回、対峙しただけだ。
私は、久世恒一の「デポルを根絶させる」という狂気よりも、隣にいる加藤めぐみの存在が、以前から引っかかっていた。
今回も絡んでいるのか。
久世恒一が国の表側を動かす人間なら、あの女は裏側を支配している。
だが、もし監視されていると分かったところで、止まるわけにはいかない。
久世は三日後、社会保全省の視察へ向かう。
官邸を出た車列が、一般道へ入る区間がある。
移動経路は直前まで公表されない。
それでも、警備に関わる人間から情報を得ることはできた。
報道も内部告発も潰された。
ならば、久世本人に突きつける。
登録を直ちに停止し、収容者を解放しろ。
拒むなら。
私は鞄の底へ手を伸ばした。
四年前と同じ失敗はしない。
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連絡を受けたのは、久世が官邸を出る三十分前だった。
車列は予定どおり、指定した道路を通る。
私は人通りの少ない路地で車を降りた。
久世が通る交差点まで、歩いて十分もかからない。
鞄を手に、路地を抜ける。
大通りへ出る直前。
前方に、数人の警察官が立っていた。
振り返る。
後方からも、別の警察官が近づいてくる。
「三橋修司さんですね」
逃げ道はなかった。
「鞄を地面へ置いてください」
まだ何もしていない。
久世へ近づいてすらいない。
それでも、彼らは鞄の中身を知っている。
私が拒むと、警察官が一斉に距離を詰めた。
腕をつかまれ、壁へ押しつけられる。
鞄が地面へ落ちた。
中から拳銃が取り出される。
「銃刀法違反の現行犯で逮捕します」
両腕を背後へ回される。
手錠の金属音が、耳の近くで響いた。
直後に、総理官邸から出発した複数台の車が、交差点の向こうを走り去っていく。
久世が乗っているはずの車列だった。
だが、私の前へ歩いてきたのは、別の人間だった。
憎たらしいほど美しく、凛とした表情の女。
加藤めぐみ。
(やはりこいつか。しかしどうしてここまで先回りされる…..)
内部の協力者も。
報道機関へ渡した資料も。
今日、私へ移動経路を伝えた者も。
すべて筒抜けだった。
「あなたはあまりにも高宮誠司に心酔していた。四年前から。いやもっと前から」
それだけ言うと、車に乗って走り去った。
その一言で敗因がわかる。
失敗を取り戻そうと。
高宮先生の力になろうと。
自分はどうなってもいいと。
全て手玉に取られていた。
私が潜り込ませた間者は、最初から泳がされていた。
送付資料も何をどうやったのかは不明だが、あらぬ内容に変えられていた。
全て私のやり方を真っ向からすり潰された。
私が、高宮先生のために全てを投げ打つことを見事に利用された。
久世へ近づくどころか。
言葉さえ、届かない。
深層心理を利用され、完膚なきまでに叩きのめされた。
ーー高宮フェーズ
”三橋修司、再逮捕”
その日のうちに、拳銃を所持して久世総理へ接近しようとした疑いが報じられた。
翌日。
久世は記者会見を開いた。
「政治思想は、人それぞれです。私の政策へ反対する自由もある」
記者たちの前で、久世は静かに続けた。
「しかし三橋修司氏は、再び武器を手に取り、デポルを政治の解決手段として利用しようとした」
私の名は出さなかった。
それでも、誰を批判しているのかは明らかだった。
「異なる意見を持つ者が、武力によって排除される社会で、日本人が日本人らしく暮らせるでしょうか」
その日を境に、デポルの登録申請は再び増加した。
私の側に残れば、政治の道具として利用される。
久世政権へ背を向ければ、危険勢力と疑われる。
登録すれば、戸籍と生活が保障される。
もはや、選択肢は残されていなかった。
(三橋くんは、私の命令を無視した)
私の力。
かつて別の世界で手に入れた、人の心を掌握する力。
その効力は、以前より明らかに弱まっている。
だが、彼に植えついた忠誠心まで消えたわけではない。
従わせる力だけが薄れ、私のために尽くすという執着だけが残った。
その結果が、今回の暴走だった。
「私の落ち度だな。すまない、三橋くん」
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二〇二五年一月。
私が把握していた、国内約三万八千のデポル。
そのうち、約二万七千が保護、監視の対象として登録された。
残る約一万一千は、犯罪歴、戸籍の奪取、衝動を抑えられないことを理由に、危険個体として指定された。
すでに身柄を確保された者は、約七千。
全国の収容施設へ分散して送られ、捜査、裁判、再審査が進められている。
その中には、すでに刑の執行が確定した者もいた。
いまだ所在を把握できていない者は、四千にも満たない。
久世恒一が望んだ野望は、目前まで迫っていた。




