第131話:深謀遠慮_駆逐編⑦
ーー三橋フェーズ
二〇二四年十一月。
四年前。
私は生放送中のテレビ局でヘマをやらかした。
久世恒一を捉えようとした。
結果は失敗。
駆けつけた公安に取り押さえられ、そのまま逮捕された。
何も成し遂げられないまま、高宮政権も終わった。
高宮誠司は総理の座を追われ、久世恒一がその後釜へ収まった。
釈放された私を待っていたのは、高宮先生だった。
「また手伝ってくれないか」
かつて一国の頂点に立った男は、野党議員になっても変わらなかった。
失敗した私を責めることも、見限ることもない。
先生は、もう一度私を側へ置いてくれた。
だからこそ。
私は同じ失敗を繰り返すわけにはいかなかった。
机に並べた資料へ目を落とす。
社会保全省設置法。
デポル及びその血縁者に対する戸籍、国籍の付与。
過去の出自を秘匿し、就労と住居を保障する特別措置。
その一方で、殺人、強盗、誘拐、性犯罪をはじめとする重大犯罪の厳罰化。
さらに、指定されたデポルへ適用する特例処分。
久世内閣が短期間に提出した法案は、一つや二つではない。
保護。
治安維持。
被害者救済。
重大犯罪への厳罰化。
それぞれ別の目的を掲げながら、すべてが同じ場所へつながっていた。
「よくもまあ、これだけ一度に通したものだ」
隣にいた男が資料をめくる。
高宮先生の政務を支える、古参の秘書だった。
「世論が味方しています。官邸前で起きた暴動が、よほど効いたのでしょう」
「それだけじゃない」
久世は、デポルだけを厳罰に処すとは言わなかった。
人間の加害者に対する刑罰も、同時に引き上げた。
人間であろうと、デポルであろうと、他者から奪う者は許さない。
表向きは公平だ。
犯罪被害者と、その家族が望み続けた厳罰化でもある。
そこへ反対すれば、デポルを守るために人間の加害者まで擁護するのかと問われる。
法案の中身を隠したわけではない。
誰にも気づかせず、すり抜けさせたわけでもない。
すべて見せたうえで、反対しにくい形に整えた。
「デポルへの死刑だけを問題にさせないためか」
支持者は、人間の犯罪者が重く裁かれることを歓迎する。
慎重派は、真面目に生きるデポルが保護されることを評価する。
デポルの排除を求める者は、特例処分を支持する。
主張の異なる者たちへ、それぞれ欲しがる餌を与えた。
その陰で、通常の裁判を経ず、デポルを極刑に処せる道まで通している。
しかも、処分の対象は無作為に決めるわけではない。
匿名の通報や、インターネット上の書き込み。
過去の被害届。
防犯カメラ。
通信記録。
金の流れ。
警察と社会保全省がそれらを照合し、裏付けの取れた者から特別審査へ回す。
杜撰な見せしめではない。
久世は、本気でデポルを、加害者を殺すために制度を作っていた。
国内に潜伏するデポルは、約三万八千。
高宮先生が総理在任中、時間をかけて把握してきた数字だ。
そのすべてを捕らえるのは不可能だった。
戸籍を偽造した者。
別人になりすました者。
人間との間に子をもうけた者。
何十年も衝動を抑え、一般社会へ溶け込んだ者。
一体ずつ所在を確認し、監視するしかなかった。
久世は、その前提を変えた。
戸籍を与える。
国籍を与える。
出自を隠す。
住む場所と仕事を保障する。
社会から追われてきた者ほど、拒めない条件だ。
すでに推定数の半数近くが、自ら窓口へ足を運んでいる。
高宮先生が長い年月をかけて集めた情報を使い、久世は数か月で一万を超えるデポルを表へ引きずり出した。
「一網打尽としか言いようがない」
背中に冷たいものが走る。
まだ逮捕も処分もしていない。
久世は彼らを、善良な者と危険な者へ選別しているだけだ。
人間として生きたい者は保護する。
奪うことをやめない者だけを処分する。
その建前が、世間のヘイトまで弱め始めていた。
デポルすべてを殺すと言えば、反発が起きる。
子供や、何の罪も犯していない者まで対象にすれば、久世が怪物になる。
だから先に、守るべきデポルの存在を認めた。
そのうえで、殺してもいいデポルだけを国民へ提示する。
計算しているのか。
すべてが最初から描いた筋書きなら、恐ろしい男だ。
だが私には、政治的な計算だけには見えなかった。
久世恒一は、デポルを殺したがっている。
一体でも多く。
一日でも早く。
その執念が先にあり、必要な法律と世論を後から揃えた。
だからこそ、信用できない。
危険なデポルを処分したあと、あの男は本当に止まるのか。
いまは善良と判定された者へ、新たな条件を突きつけないと誰が保証できる。
衝動を一度見せた。
誰かと言い争った。
人間より力が強い。
そんな理由まで危険性へ結びつけ、保護名簿から処分名簿へ移すかもしれない。
久世の中にある基準一つで、善良と危険はいつでも入れ替わる。
「先生」
部屋の奥で資料を読んでいた高宮先生が、顔を上げた。
「久世を止めるべきです。このままでは、先生の計画に支障がでます」
「分かっている」
高宮先生は資料を閉じた。
「法の問題点を明らかにし、国会で追及する。論点は、保護を求めて名乗り出た者が、不当に処分されることだ。しかしこれだけでは弱い」
正しい判断だ。
高宮先生は、総理の座を失っても政治家だった。
法を通した久世を、法と世論で止めようとしている。
だが、それでは遅い。
久世はすでに、推定数の半分を手中へ収めた。
残りが名乗り出れば、二度と取り戻せない。
「三橋」
「はい」
「勝手なことはするな」
見透かされていた。
「四年前とは違う。いまの久世は、国そのものだ」
「承知しています」
「政治の中で止めろ。これは命令だ」
私は立ち上がり、深く頭を下げた。
「かしこまりました」
嘘ではない。
可能な限り、政治の中で止める。
報道。
内部告発。
登録制度の停止。
収容施設の機能不全。
使える手段は、いくつもある。
今度こそ、あの悪党を止める。
たとえ、高宮先生に逆らうことになっても。




