第128話:初動_駆逐編④
総理官邸前を埋めた群衆は、警察へ申請されていた人数の三倍を超えていた。
社会保全省を廃止しろ。
人権侵害を許すな。
デポルにも生きる権利を。
(麓に降りてきたクマに対しても言うのかな)
掲げられたプラカードが、押し寄せる人波に合わせて揺れている。
先頭では、拡声器を持った者が政府への抗議を繰り返していた。
その後ろに続く者たちも、声をそろえて拳を突き上げる。
年齢も服装もばらばらだった。
高齢者もいれば、子供を連れた者もいる。
少なくとも、遠目には一般的な抗議活動と変わらない。
だが、列の外側には顔を隠した集団がいた。
帽子を深く被り、マスクや布で口元を覆っている。
互いに会話を交わすこともなく、一定の間隔を保ったまま群衆へ紛れ込んでいた。
「申請は三百人程度だったな」
官邸の危機管理センターで、俺は中継映像を見ていた。
「現時点で千三百人を超えています。さらに合流している集団もあります」
壁面の大型モニターには、官邸周辺に設置された複数の監視カメラ映像が並んでいた。
歩道だけでは収まりきらなくなった参加者が、車道へ広がり始めている。
警察官が歩道へ戻るよう呼びかけているが、従う者は少ない。
「待機させている機動隊を配置して」
隣に立つめぐみが、机へ官邸周辺の地図を広げた。
正門、裏門、職員用通用口。
それぞれの周辺へ、赤いペンで印をつけていく。
デモが始まる前から、めぐみは通常の三倍にあたる警備要員を周辺施設へ待機させていた。
警察庁の職員が、地図へ目を落とす。
「そちらは、デモ隊の進行経路から外れていますが」
めぐみが井口から渡された紙を取り出した。
記されているのは、複数の企業と政治団体。
今回のデモへ参加している団体も、直接ではないが、その資金の流れに含まれていた。
「申請人数も集合場所も、警察へ伝えていた内容とは違う。それに、参加者へ送られた連絡には、警察車両の進入経路まで記されていた」
抗議だけが目的なら、必要のない情報だ。
職員が俺へ判断を求める。
警備を増やせば、政府が市民の抗議を武力で抑えようとしていると批判される。
何も起こらなければ、過剰警備だったと追及されるだろう。
「加藤保全大臣の提案どおりにしてください。官邸内の職員も、必要な者を除いて避難させます」
「総理も避難を」
「俺はここにいます」
俺が逃げたと分かれば、外にいる者たちは勢いづく。
めぐみが近づき、小声で話す。
「恒一。外から見える場所には出ないでね」
「俺のこと馬鹿だと思ってる?」
めぐみは答えず、モニターへ目を戻した。
警察からデモ隊へ、車道を空けるよう警告が続いている。
それでも群衆は少しずつ前進していた。
先頭の者が規制線の前に立つ警察官と揉み合う。
一人が盾を掴み、それを引き剥がそうとした警察官へ、後方からペットボトルが投げつけられた。
歓声が上がる。
最初の一つを合図にするように、空き缶や石が次々と飛んだ。
「社会保全省を潰せ!」
「久世を引きずり出せ!」
規制線へ殺到した者たちが、鉄製の柵を掴んだ。
警察官が押し返す。
群衆の後方にいた者まで前へ押し寄せ、逃げようとする参加者が人波に巻き込まれていく。
転倒した者の悲鳴が、罵声にかき消された。
拡声器から、危険行為を中止するよう警告が流れる。
プラカードを捨て、群衆から離れようとする者もいる。
子供の手を引き、駅の方角へ走る者もいた。
一方で、顔を隠していた集団は動かなかった。
それぞれが背負っていた鞄へ手を入れる。
取り出した瓶には、布が詰められていた。
「火炎瓶!」
布へ火がつけられる。
投げられた瓶が規制線の手前で割れ、路上に炎が広がった。
続けて飛んだ一本が警察車両の側面へ衝突する。
黒煙を見た群衆が、さらに大きな歓声を上げた。
「これが市民の怒りだ! 殺される前に、俺たちが国を取り戻すんだ!」
規制線の一部が倒された。
盾を構えた機動隊が前へ出る。
暴徒は奪った柵や鉄パイプを振り回し、盾を何度も殴りつけた。
倒れた警察官の身体を、複数人が蹴り続けている。
大型モニターの端で、別の動きが起きた。
デモの本隊から離れた路地を、同じ色の腕章をつけた数十人が走っている。
「裏門へ向かっています」
だが、そこにはすでに、めぐみが配置した機動隊が待ち構えていた。
建物の陰から現れた盾の列を見て、先頭の者たちが足を止める。
引き返そうとするが、後方から来た集団とぶつかった。
その中から小型の斧を持った者が飛び出す。
機動隊は盾で集団を分断し、武器を持つ者から地面へ押さえ込んでいった。
職員用通用口へ向かった十五人も、ガソリンのようなものを所持した状態で確保された。
めぐみが警備を増やしていなければ、正門の混乱へ人員を集めた隙に侵入されていただろう。
官邸の建物には、誰一人入らせていない。
それでも正門周辺では、複数の負傷者が出ている。
燃えた警察車両の黒煙が、官邸前を覆っていた。




