↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

132/159

第126話:始動_駆逐編②

二〇二四年八月。


久世内閣の発足から、三か月。


国会では、社会保全省設置法案を巡る攻防が続いていた。


野党は権力の集中だと批判し、官僚は既存組織との重複を理由に抵抗した。


警察庁。


法務省。


厚生労働省。


それぞれが自分たちの権限を守ろうと、資料の提出を遅らせ、必要のない会議を増やした。


だが、世論は法案の成立を求めていた。


デポルによる犯罪。


売買される戸籍。


長年放置されてきた行方不明者。


被害を訴えても、管轄が違うと追い返された人々。


これまで別々の問題として処理されてきたものが、同じ利権へつながっている。


その事実を、俺たちは一つずつ国民へ公開した。


支持率が上がるたび、反対する議員は減った。


最後まで抵抗した者には、抵抗するだけの理由があった。


法案の採決を翌日に控えた朝。


設置へ最も強く反対していた野党の中堅議員が、議員会館を出たところで捜査員に囲まれた。


容疑は、政治資金規正法違反。


それだけではない。


議員は支援団体を通じて、戸籍売買を行う組織から資金提供を受けていた。


その日の正午、議員事務所と自宅へ家宅捜索が入った。


午後には、関係する人権団体の代表が任意同行を求められた。


夜には、その団体の口座から警察幹部へ金が流れていた事実が報道された。


翌朝。


社会保全省設置法案は、衆議院本会議で可決された。



設置されたばかりの社会保全省には、専用の庁舎すらなかった。


都内にある複数の庁舎を間借りし、警察、検察、法務省、厚生労働省などから集められた職員が働いている。


廊下には未開封の備品が積まれ、壁には仮設の案内板が貼られていた。


表向きは、寄せ集めの組織。


だが、その内部には、これまで各機関に分散していた情報が集約され始めている。


過去の事件記録。


戸籍の変更履歴。


行方不明者の情報。


政治団体への寄付。


警察が捜査を打ち切った事件。


各機関が個別に保管していたときには見えなかったつながりが、同じ場所へ集めることで浮かび上がった。


省内に用意された執務室で、めぐみが資料を机へ放り出した。


「三日で、これだけ出てきた」


不正な戸籍変更、百八十七件。


行方不明者との関連が疑われるもの、四十二件。


関与が疑われる公務員、二十三名。


金銭の授受が確認された警察関係者、八名。


「まだ三日だぞ?」


「だから困ってる。人が足りない」


めぐみは椅子へ深く腰を下ろした。


机には、確認を待つ資料がいくつも積まれている。


めぐみが目を瞑り、口を開く。


「処理が追いつかないから、優先順位を決めようかな」


「何から?」


「証拠隠滅と逃亡の可能性が高いものから。過去の責任追及より、今も被害が続いている案件を先に止める」


めぐみは、赤い付箋のついた資料を抜き出した。


「これだね」


地方都市の警察署長。


戸籍を仲介する行政書士。


人材派遣会社の役員。


デポルの存在を把握しながら、外国人労働者や身寄りのない人間を用意し、金と引き換えに引き渡していた。


「証拠は?」


「揃ってる」


「なら、関係機関へ渡そう」


俺たちは裁判官ではない。


久世政権に反対したという理由だけで、人を逮捕することもできない。


だが、隠されてきた証拠を見つけ、捜査機関へ突きつけることはできる。


動かないなら、なぜ動かないのかを国民へ公開すればいい。


翌日、警察署長が逮捕された。


二日後、行政書士の事務所から三百人分を超える戸籍資料が押収された。


翌週には、人材派遣会社へ一斉捜索が入り、社長を含む五人が逮捕された。


一つの事件を暴けば、そこから別の金が見つかる。


企業から政治団体へ。


政治団体から人権団体へ。


人権団体から警察関係者へ。


点だった不正が、線になっていく。



社会保全省へ集まる情報は、政府機関が保有しているものだけではなかった。


民間からも、毎日のように告発や内部資料が届いている。


その一部を整理しているのが、かつて俺とめぐみが経営に関わっていた会社だった。


四年前。


高宮政権との戦いを前に、俺たちは二手に分かれた。


俺とめぐみは正面から国家と対峙し、山上、みずき、かな、あさみは会社に残った。


あれから、状況は大きく変わった。


俺とめぐみは取締役を退任し、保有していた株も全て手放した。


会社は名前を変え、従業員百名ほどを抱える企業にまで成長している。


今では名実ともに、みずきの会社だ。


山上は調査部門に残り、企業や政治団体の資金の流れを追っている。


かなは法務と被害者支援を担当し、告発者の保護や資料の整理に関わっていた。


政府との正式なつながりはない。


俺たちも、会社へ命令できる立場ではなくなった。


それでも、みずきたちは民間でしか拾えない情報を集め、裏づけを取り、必要なものを俺たちへ渡してくれている。


かつてと形は違っても、役割は変わっていなかった。


全員が残ったわけではない。


あさみはやはり、会社から去ることを決めた。


約束どおり退職金を支払った。


徳島から東大阪にいるノブさんのもとへ向かうまでの間、あさみは俺たちのしてきたことを告発すると口にしていた。


だが、今日まで告発は行われていない。


考えを変えたのか。


告発すれば、自分も無傷では済まないと判断したのか。


俺には分からない。


分かっているのは、あさみが俺たちを許したわけでも、仲間に戻ったわけでもないということだけだ。


俺たちは和解していない。


ただ、互いに関わらない道を選んだ。


それでよかった。



二〇二四年十月。


社会保全省の稼働から、一か月。


五人の議員が辞職した。


三人の官僚が懲戒免職となり、警察関係者十二人が逮捕された。


戸籍売買へ関わっていた企業は業務停止命令を受け、組織とつながる人権団体には強制捜査が入った。


夕方のニュースでは、毎日のように新たな不正が報じられている。


『久世政権による粛清だ』


そう訴える政治家もいた。


その翌週、その政治家が代表を務める政治団体から、デポル関連企業への不明瞭な支出が見つかった。


俺たちは、批判した者を狙っているのではない。


調べた先に、批判していた者が立っているだけだ。


総理大臣執務室のテレビには、また一人、深々と頭を下げる議員が映っていた。


進退について問われた男は、秘書が勝手にやったことだと繰り返している。


めぐみがテレビを消した。


この一か月で、デポルを利用し、その利権から甘い汁を吸ってきた者たちを、片っ端から公の場へ引きずり出した。


政治家も、官僚も、警察も、企業も、例外にはしなかった。


長年、誰も触れようとしなかった利権が、わずか一か月で崩れ始めた。


これが、社会保全省の最初の成果だった。


そして国民は、ようやく知った。


政治は、やろうとすればこれほど早く動く。


動かなかったのではない。


動かすつもりがなかっただけなのだ。


だが、初回からやり過ぎたようだ。


俺をよく思わない連中が、俺の想像を遥かに超える執念深さと数を備えていることを、この時の俺はまだ知らなかった。


矛先が、いずれ俺自身へ向けられることも。


それに気づいていたのは、俺のすぐ隣にいた、ただ一人だけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・コメントで応援いただけると嬉しいです。 #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公 #社会風刺
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。