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第125話:任命_駆逐編①

二〇二四年五月。


高宮元総理との舌戦から、約四年の月日が流れた。


そして、衆議院本会議場に俺の名が響く。


議員席から押し寄せた拍手が、広い議場を満たしていく。


祝福だけではない。


期待。


打算。


恐怖。


それらが混ざった音だった。


右手を膝に置いたまま、正面を見据える。


黒い手袋に覆われた義手は、拍手に応えるためのものではない。


衆議院での首班指名を終え、参議院からも同じ結果が届いた。


久世恒一。


三十四歳。


戦後最年少となる内閣総理大臣の誕生が決まった。


(ようやく、ここまで来た)


喜びはない。


達成感と呼べるものも薄い。


総理大臣になることは目的ではない。


デポルを根絶するために必要な権限を、ようやく手に入れただけだ。


壇上から降りると、井口ゆうたが通路を塞いだ。


満面の笑みを浮かべ、右手を差し出している。


周囲では、何台ものカメラが俺たちへ向けられていた。


「おめでとうございます、久世総理」


「まだ任命前ですよ」


「細かいことを気にする人だ。国民はもう、あなたを総理として見ていますよ」


俺は足を止め、差し出された手を見た。


井口ゆうたの政党が票を回さなければ、今日の指名は成立していない。


どれほど互いを嫌っていようと、それは事実だった。


義手ではなく、左手で握手を返す。


「ご協力、感謝します」


「こちらこそ。新しい時代を一緒に作りましょう」


「利害が一致している間は」


井口の笑みが、わずかに引きつった。


「カメラの前ですよ」


「だから正直に申し上げました」


シャッター音が重なる。


若き総理と、大政党を率いる若き政治家、井口ゆうた。


明日の新聞には、両者の協調を示す写真として掲載されるのだろう。


手を離した直後、井口が声を落とした。


「人気がいつまでも続くと思わない方がいい」


「父親の用意した椅子に座っているだけのあなたに、言われたくはありませんね」


「相変わらず、いけ好かない野郎だ」


俺たちは同時に笑顔を消し、反対方向へ歩き出した。



任命式を終え、総理大臣官邸の会見室に立った。


左右には、新内閣の閣僚が並んでいる。


その中に、彼女の姿はない。


新たに作ろうとしている省庁は、まだ設置法案すら成立していなかった。


数百人の記者が、演台に立つ俺を見上げている。


その向こうでは、さらに多くの国民が生中継を見ているはずだ。


三十四歳の総理。


右腕と右目を失った政治家。


義手と義眼。


お世辞にも、政治家らしい風貌とは言えない。


逃亡犯として全国へ指名手配され、前政権と国家機関の不正を暴いた男。


救世主。


殺人者。


英雄。


危険思想家。


俺を示す言葉は、見る者によって変わった。


演台に両手を置く。


義手の指先が、硬い音を立てた。


「本日、内閣総理大臣に任命されました、久世恒一です」


無数のフラッシュが、残された左目の視界を白く染める。


「私は、国民の皆様へ夢を語るつもりはありません」


会見室の空気が止まった。


用意されていた原稿を閉じる。


「景気を必ず回復させる。誰もが幸福に暮らせる国を作る。そうした聞こえのよい言葉だけで、現実から目を逸らすつもりもありません」


後ろに立つ閣僚の一人が、わずかに顔を動かした。


構わず続ける。


「この国では長年、奪われた側が我慢を強いられてきました」


「性犯罪の被害を訴えれば、なぜ逃げなかったのかと責められる」


「暴力を受けても、証拠が足りないと言われる」


「人が売られ、戸籍が売られ、犯罪者が他人の名前で暮らしている」


「行政は管轄が違うと言い、警察は事件が起きてから動き、司法は法律の限界を口実にしてきた」


記者席がざわついた。


「その隙間で犯罪者はのさばり、デポルは人間に紛れ、暴力と支配を繰り返してきました」


「そして人間もまた、デポルを利用して利益を得てきました」


「私は、そのどちらも見逃しません」


記者の一人が手を挙げかけた。


まだ質問を受ける段階ではない。


記者を視線で制する。


「奪った者を裁きます」


「それがデポルであろうと、人間であろうと、政治家であろうと、警察官であろうと、裁判官であろうと関係ありません」


胸の奥に、わずかな引っかかりを覚えた。


デポルは個ではなく、種として排除する。


その結論を捨てたわけではない。


だが、総理大臣である俺が、法の外から全てを殺すわけにはいかない。


利用できる制度があるなら使う。


足りない法律は作る。


そのために、俺はここまで来たのだから。


「加害者の社会復帰ばかりを優先し、被害者へ元の生活を取り戻す努力を押しつけてきた制度も改めます」


「省庁の管轄をまたぐ犯罪へ対応するため、新たな行政機関の設置を進めます」


記者席のざわめきが大きくなった。


「私を信じてくださいとは言いません」


「支持率も、経歴も、言葉も必要ありません」


「結果だけを見てください」


静まり返った会見室に、俺の声だけが残った。


「結果を出せなければ、引きずり下ろせばいい」


一度、言葉を切る。


「ですが、結果を出している間は、邪魔をしないでいただきたい」


演台を離れた途端、背後から質問が飛んできた。


「久世総理、新たな行政機関とは何ですか」


「デポルの存在を、政府として公式に認めるのですか」


「厳罰化を進めるお考えですか」


「過去の殺人疑惑について説明してください」


振り返らず、会見室をあとにした。



総理大臣執務室は、ひどく整っていた。


高宮誠司が使っていた机も椅子も、既に入れ替わっている。


それでも、この部屋には前の主の気配が残っていた。


椅子に腰を下ろし、一枚の書類を机へ置く。


新省庁設置準備室。


その責任者として記されているのは、加藤めぐみだ。


扉が開き、本人が入ってくる。


「会見、お疲れ様」


二人きりになっても、めぐみは机を挟んだ向かい側に立ったままだった。


「どうだった?」


「初日から敵を増やす話しかしていなかった」


「そうかな」


「今日くらい、もう少し愛想よくできなかったの?」


「井口ゆうたとは笑顔で握手したぞ?」


「あれを愛想とは言わない」


めぐみは呆れたように息を吐き、机の書類へ目を落とした。


「社会保全省。ずいぶん大きな名前をつけたね」


「司法だけを変えても意味がない。警察、戸籍、矯正、被害者保護。既存の省庁が管轄を押しつけ合ってきた領域をまとめる」


「本当に作るつもりなんだ」


「そのために総理になった」


設置構想を、めぐみの前へ滑らせた。


デポル犯罪。


戸籍改竄。


人身売買。


性犯罪。


組織犯罪。


被害者保護。


複数の省庁と司法機関に分断され、誰も全体へ責任を負わなかった領域が、一枚の紙に並んでいる。


「めぐみに、これをまとめてもらいたい」


めぐみの目が上がった。


「私が、これのトップになるってことね」


「そういうことになる」


「議会も官僚も、簡単には認めないよ?」


「どんな手を使ってでも認めさせるさ」


「権限を集めすぎれば、独裁だと言われる」


「構わない。ここに居座るつもりもない」


黒い手袋を外す。


金属と樹脂で作られた右手が、官邸の照明を鈍く反射した。


この手を失うまで、俺たちは国家に追われる側だった。


今は違う。


命令を出す側にいる。


義手の指を曲げ、書類の上へ置いた。


「今まで俺たちを追ってきた国家を、今度は俺たちが使うんだ」


めぐみは、しばらく何も言わなかった。


やがて書類を手に取る。


「はいはい、分かりました。久世総理」


めぐみは書類をめくりながら尋ねた。


「最初は、どこから手をつける?」


俺は、机の端に置かれた資料へ目を向けた。


政治家。


官僚。


警察関係者。


企業役員。


人権団体の代表。


表向きの肩書は違っても、同じ金の流れに名を連ねている。


「まずは、デポルビジネスの利権で甘い汁をすすっている連中からだな」


資料の束を、めぐみの前へ押し出した。


一人残らず、炙り出す。


この国を、俺の正義で塗り潰すために。

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ここまで読んでいただきありがとうございます。 この物語は 「正義と暴力の境界」 「人間と異種の曖昧さ」 をテーマに進んでいきます。 少しでも続きが気になれば、 ブックマーク・コメントで応援いただけると嬉しいです。 #現代バトル #社会問題 #ダークヒーロー #復讐 #高校生主人公 #社会風刺
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