第124話:下剋上⑥
高宮は、語り出した。
本音のような。
それでいて、本音と呼ぶには何かが足りない戯言を。
要約すると、こうだ。
日本を守るために、デポルには協力してもらう。
自衛隊とは別にデポル部隊を設け、国の防衛に当たらせる。
そのためなら、多少の犠牲は致し方ない。
ーー反吐が出る。
高宮は目に怒りを宿していた。
真意は分からない。
それでも口調は丁寧だ。
国民のため。
日本のため。
そんな言葉を並べながら、淡々と語っている。
「本音ですか?」
「もちろんだ。嘘は政治家の専売特許だとネットでは言われているがね」
高宮は小さく笑う。
「私は正直者なんだ。君と同じでね」
「その正直者が、怒りを隠してうわべだけ話すのは何故なんですか?」
高宮は鼻で笑った。
「君にどう見えているかは知らないが、私は本気でこの国を、この美しい日本を守り抜きたいと考えている」
「まるで勇者のような台詞ですね」
皮肉のつもりだった。
だが。
返ってきたのは、想像していた反応ではなかった。
「勇者……か」
高宮の目が僅かに細くなる。
「かつては、その響きも悪くはなかったな」
(何言ってんだ、この耄碌ジジイが)
「君は、この国にどのくらいデポルがいるか知っているか?」
そんなもの知っていたら。
草の根活動よろしく、十年以上も殺して回っていない。
だが、考える。
フェルミ推定にもとづき思考する。
大阪。
徳島。
東京。
その他の地域。
俺がこれまで遭遇した数。
人口。
事件数。
「約三万体、といったところでしょうか」
「ほう」
高宮は少しだけ楽しそうに笑った。
「いい線をいっている」
「だが違う」
一拍。
「三万八千体だ」
俺より先に、めぐみが食いついた。
「正確な個体数を把握しているということは、国はデポルの実態も所在も把握しているということですね?」
「概ねそうだ」
即答だった。
堂々巡りだ。
何がって?
俺の怒りだ。
(国ぐるみじゃねえか)
「国家がデポルを利用する。だけど手綱は握れていない」
「そのせいで日本人が襲われ、奪われ、殺されている」
「それを、多少の犠牲は仕方がないと?」
「そうだ」
迷いすらない。
「恥ずかしくないのか?」
高宮はネクタイを正した。
「恥ずかしくはない」
「私は何としてでも国を残し、次の世代へ繋がなければならない」
「デポルと協力し、日本を守る」
「それが国益、国防へ繋がると信じている」
「そのためなら、人が死んでも?」
「国を守るということは、全てを救うことではない」
俺の奥歯が噛み締められる。
高宮は続けた。
「日本は資源に乏しい」
「周辺諸国は軍事力を増強し続けている」
「土地も、水源も、森林も、資本も、外から狙われ続ける」
「エネルギーも、安全保障も、経済も、他国との関係なくして成立しない」
高宮の声が、僅かに強くなる。
「この状態が続けば、日本はどうなると思う?」
俺は答えない。
「君の言葉に合わせて言おうか」
高宮が俺を睨む。
「この国は、近い将来確実に奪われる」
「日本という名前だけを残してな」
空気が変わった。
「覚えておけ、久世恒一」
「君の敵はデポルだけではない」
初めてだった。
高宮の口調が明確に崩れた。
(……これが本音か?いや、それだけとは思えない)
この男は本当に。
日本が奪われると思っている。
だから守る。
何を犠牲にしてでも。
「あなたのご意向はご立派ですが」
俺は息を吐いた。
「破綻している」
高宮の目が鋭くなる。
「デポルを管理できていない」
「今、この瞬間もできていない」
「三万八千体をどうするんです?」
「刑務所でも作って全員閉じ込めるんですか?」
「どう集めて、どう管理する?」
高宮は、少しも迷わなかった。
「私一人いれば事足りる」
「私はコミュニケーション(じんしんしょうあく)が得意でね」
「じゃあ、あんたが死んだ後は?」
「体制を作り、別の人間が管理できるシステムを作る」
「そいつも、あなたと同じことができる根拠は?」
一瞬。
高宮の返答が遅れた。
だが、すぐに返してくる。
「ならば私からも聞こう」
声が低くなる。
「君はデポルを全て消すつもりなのだろう?」
「ええ」
「消した後は?」
高宮が身を乗り出す。
「誰が日本を守る?」
「君か?」
「他国が攻めてきたらどうする?」
「外交は?」
「軍事は?」
「経済は?」
「君の警棒一本で、国家を守るつもりか?」
言葉が飛んでくる。
一つ。
また一つ。
さすがだ。
この男は。
何十年も政治の頂点で戦ってきた。
俺とは経験が違う。
高宮の目に迷いはない。
「君はデポルを殺す」
「どういう思想でも自由だ」
「では、その後は?」
「誰がこの国への脅威を引き受ける?」
「誰が他国への抑止力になる?」
「誰が日本を守る?」
「君は、そこまで考えているのか?」
俺は黙った。
考えている。
俺なりに。
ただ。
俺は高宮とは違う。
決定的に。
「まず、日本人を守ります」
「……何?」
「話はそこからです」
高宮の眉が動いた。
「目の前で襲われている人間すら守れない」
「家族を殺されても、奪われても、傷つけられても、まともに落とし前すらつけられない」
「そんな腐った組織の集合体を、俺は美しい国だとは思わない」
高宮の目が細くなる。
「国という言葉で誤魔化すな」
「法も整備しない」
「犯罪を見逃す」
「被害者を増やし続ける」
「それで何を守ったんだ?」
高宮はどこか楽しそうに見える。
「未来だ」
即答だった。
「今日の犠牲によって、明日の一万人を救えるのなら」
「私は今日の一人を切る」
やっぱり。
この男と俺は。
何もかも逆だ。
「俺は切らない」
「綺麗事だ」
「そうかもしれませんね」
俺は認めた。
「それでも俺は、目の前の一人を守る」
「その一人が、次の一人を守ればいい」
「それを繋げる」
「十人」
「百人」
「千人」
「そうやって多数を守る」
高宮は黙って聞いている。
「あなたは、多数を守るために少数を切り捨てた」
「俺は少数を守って、それを多数へ広げる」
「順番が逆なんですよ」
「理想論だ」
「あなたのやり方は成功したんですか?」
高宮の目が止まる。
「デポルを兵器として抱えた」
「それで他国は日本を攻めない?」
「その保証は?」
「デポルが三万八千体いれば、日本は未来永劫安全なんですか?」
「そんな証拠、どこにある?」
高宮は答えない。
「ないでしょう」
「未来を守る、国を守る」
「そんな確認できない未来のために。今、生きている人間を切っただけだ」
高宮の顔から。
僅かに表情が消えた。
俺は止めない。
「高宮総理、一つ聞かせてください」
「あなたは」
一拍。
「何人見殺しにしました?」
沈黙。
初めてだった。
高宮が。
すぐに答えなかった。
「数えてますか?」
「自分が切り捨てた人間の数を」
高宮の口が僅かに開く。
だが。
言葉は出ない。
思い詰めた顔をしている。
答えられない、そういった雰囲気ではない。
長い沈黙。
高宮は目を閉じた。
「全ては覚えていない」
開き直りとも取れる堂々とした声だった。
「そうですか」
俺はそれ以上責めなかった。
必要ない。
全国へ流れた。
それだけで十分だ。
高宮はゆっくり目を開く。
「だが」
まだ死んでいない。
「それでも私は同じ選択をする」
俺は高宮を見る。
「何度やり直してもだ」
その言葉。
何故だろう。
妙に引っ掛かった。
「私は弱く、美しい日本を守る」
「その結果として、より多くの日本人を守る」
「それが私の政治だ」
やっぱり。
この男は折れない。
俺も。
折れる気はない。
「なら俺も変わりません。デポルは消す」
「一体残らず?」
高宮の視線が、一瞬だけめぐみへ向いた。
「そうです」
高宮が初めて。
ほんの少しだけ笑った。
「では最後に、一つだけ聞かせてくれ」
「君はデポルを何だと思っている?」
答えは決まっている。
「″デポル″は、奪うもの。どうしようもない害虫です」
高宮は、初めて表情を崩した。
笑いながら答える。
「それでいい」
「意味がわかりませんが?」
「知らない方が幸せだ。だが、私も同意だ」
(……)
デポルの生態について。
何故生まれたか。
全て知っているのかもしれない。
だが。
もういい。
「俺に必要なのは、デポルが何処から来たかでも、何故生まれたかでもない」
「目の前で誰かを奪おうとしているかどうかです」
高宮は俺を見つめる。
長い。
長い沈黙。
やがて。
「……そうか」
小さく息を吐いた。
「だから君は進めるのか」
意味は分からない。
高宮は椅子へ深く腰掛けた。
カメラに向かって、高宮が話し出す。
「久世恒一衆院議員の殺人容疑についてだが」
空気が変わった。
「確かに現行法では、デポルを人間と同一に扱い、久世氏を殺人罪で裁く明確な法的根拠はない」
スタジオがざわつく。
俺は黙って聞く。
「今回の全国指名手配についても、手続きには問題がある」
高宮がカメラを見る。
「総理大臣として、関係機関へ要請する」
「久世恒一氏に対する全国手配を、一度取り下げる」
ざわめきが爆発した。
生放送はそこで終了した
黒瀬が何かを言っている。
スタッフも動いている。
SNSも。
国民も。
恐らく大騒ぎだ。
だが。
俺には高宮しか見えていなかった。
「負けを認めるんですか?」
「安い挑発だな。勘違いするな」
即答だった。
「私は君の思想を認めたわけではない」
「私のやり方が間違っていたとも思っていない」
「それでも君が、自分のやり方でこの国を変えたいと言うのなら」
高宮は立ち上がった。
「やってみればいい」
「私は否定も肯定もしない」
「だが、君や加藤君が私と同じ場所まで来た時、今日の言葉を思い出すことはあるだろう」
「そんなことはないと思いますが」
俺も立ち上がる。
高宮が再び俺を見る。
「久世くん」
「はい」
「最後に一つ」
不思議なほど穏やかな顔だった。
「君は、女神の存在を信じるか?」
(それはどこかでも聞かれたな)
何故こんな時に、そんな話をするのか。
俺は高宮から目を逸らさない。
「さあ……いるんじゃないですか。憎たらしい女神くらいは」
高宮の目が。
俺ではない何かを見る。
「……そうか」
ほんの少しだけ。
高宮誠司は笑い、その場を去った。
俺は横を見る。
そこには。
憎たらしい顔でこちらを見ているめぐみがいた。




