第121話:下剋上③
ーー高宮フェーズ
スタジオは静まり返っていた。
全国へ向けた生放送。
指名手配犯。
総理大臣。
本来なら並ぶはずのない二人が、互いを見据えている。
私は静かに口を開いた。
「まずは訂正しておこう」
「先ほど公安に連行された三橋修司」
「彼は私の秘書であり、ボディガードだ」
スタジオがざわつく。
久世恒一も、僅かに目を細めた。
隠すと思っていたのだろう。
私は構わず続ける。
「彼には政治家としての資質があった」
「だから私との関係は伏せるよう伝えていた」
「いずれ政界へ送り出したいと思っていたのでね」
黒瀬も言葉を挟まない。
全国が耳を傾けている。
私は久世を見る。
「しかし、彼は私の期待に応えられなかった」
「それだけのことだ」
責任から逃げるつもりはない。
三橋は私の秘書だった。
その事実だけは変えられない。
だから私は認める。
そして話題を変えた。
「それより久世君。君の方が心配だ」
「現在、指名手配されている」
「公安の一部隊は君を見逃したようだが、警察組織の大半は君を追っている」
「この放送が終われば、その場で逮捕される可能性も高い」
久世は静かに答えた。
「構いません」
私は興味を持った。
「ほう、それは何故かな」
「私は弁護士です。自分の弁護くらい、自分でやりますよ」
思わず笑みが漏れそうになる。
(生意気だ。だが、嫌いではない)
「そうか、では見せてくれ。全国へ向け、自ら弁護してみたまえ」
久世は一歩前へ出る。
「まどろっこしいのは嫌いです。単刀直入に言います」
スタジオ中が息を呑む。
「私はデポルを殺しました」
ざわめき。
誰もが予想していた。
しかし本人の口から聞くのでは意味が違う。
私は腕を組む。
「それで?」
久世は真っ直ぐこちらを見る。
「十五歳から」
「今まで。殺して、殺して、殺してきました」
私は頷いた。
「大丈夫かね、後戻りはできないぞ」
「私は政治家としての君の熱意は評価していたのだがね」
久世は首を横へ振る。
「私が指名手配されている理由は殺人です」
「殺人とは、人を殺めること」
私は言葉を継ぐ。
「なるほど」
「君はデポルを殺した。しかし、人は殺していない」
「そうです」
私は首を振る。
「それは法律家としての理屈だ」
「司法とは条文だけで運用されるものではない」
「社会がどう受け止めるか、そこまで含めて司法だ」
久世は一歩も退かない。
「私は法に則っています」
私は返す。
「法だけで国は動かない。民意もまた法だ」
その時だった。
隣で加藤めぐみが口を開く。
「高宮総理」
「あなたは、その民意を本当に見ていますか?」
私は穏やかに答える。
「民意はコントロールするものではない」
「政治家とは、その全てを受け止める存在だ」
そして、私は全国へ向け言葉を続けた。
「しかし、人として生きるデポルを殺すことは、殺人と本質的には変わらない」
静まり返るスタジオ。
その言葉だけが残る。
黒瀬が手元のタブレットを見る。
「SNSが大きく動いています」
大型モニターへコメントが流れる。
『総理の言う、人として生きるデポルって何?』
『結構前にあった二階堂の事件、本当だったんじゃね?戸籍がどうのって』
『国がデポルを容認してたってこと?』
『身元不明の加害者ってほとんどデポルだったのでは?』
私は画面を見つめる。
別に失言だとは思わない。
私は事実を述べただけだ。
政治家は嘘を重ねれば必ず破綻する。
だから私は、必要以上の嘘はつかない。
しかし。
その時だった。
視界の奥。
加藤めぐみの背後。
柔らかな光が差している。
あり得ない。
見間違えるはずがない。
金髪の長い髪。
静かにこちらを見つめる女性。
(……女神アステリアか)
鼓動が早まる。
何故、お前がそこにいる。
では。
(女神メルも、この世界にいるのか?)
返答は頭の中にある。
政治家として返す言葉も。
総理として国民へ伝える言葉も。
全てある。
だが。
私は生まれて初めて。
言葉が出なかった。
(……どうりで効かないわけか)
思わず、小さく笑みが漏れた。




