第119話:下剋上①
ーー名も無き局長フェーズ
「それでは皆様、お待たせしました」
黒瀬麗奈がカメラへ向かって一礼する。
「本日は選挙特別番組として、高宮総理大臣をお迎えしております」
拍手。
照明。
カメラ。
ゆっくりと高宮総理が歩いてくる。
一切の無駄がない。
椅子へ腰を下ろす姿まで、まるで訓練された機械のようだった。
対談は順調だった。
経済。
外交。
少子化。
どれも台本通り。
三十分が経過し、一度コマーシャルへ入る。
私はスタジオの隅から様子を見ていた。
テレビ局局長。
ここまで来るのに三十年以上。
周りは激務で辞めていった。
俺だけが残った。
能力じゃない。
強い者に従う。
それだけだった。
社長。
スポンサー。
政治家。
とにかく首を縦に振る。
そうして生きてきた。
いつしか俺の首は、縦にしか動かなくなっていた。
再び本番。
「それでは後半です」
黒瀬が笑顔を作る。
「ここからは視聴者の皆様からいただいた質問を、高宮総理へ直接お答えいただきます」
最初は穏やかだった。
「応援しています」
「総理、頑張ってください」
そんなものばかり。
しかし。
少しずつ変わる。
「最近デポル犯罪が多くないですか?」
「判決が軽すぎませんか?」
「何故国は対策しないんですか?」
空気が変わる。
私はカンペを持つ。
『質問を変えろ』
黒瀬は見ない。
もう一枚。
『打ち切れ』
無視。
額から汗が流れる。
総理のSP十人。
全員がこちらを見ている。
私は必死に首を横へ振った。
縦にしか動かなかった首が、壊れたように左右へ揺れる。
違う。
私じゃない。
知らない。
そんな意味を込めて。
限界だった。
私は紙へ書く。
『CMへ』
そのままスタジオを飛び出した。
調整室へ駆け込む。
「急いでコマーシャルを…」
言葉は最後まで続かなかった。
誰かに腕を掴まれる。
部屋へ引きずり込まれた。
スーツ姿の男が二人。
目出し帽。
拳銃。
「こんばんは」
穏やかな声だった。
「これにて調整室は占拠します」
スタッフ全員が固まる。
男は何気なく拳銃を椅子へ向ける。
発砲。
乾いた音。
椅子が粉々になる。
「放送を止めなければ危害は加えません」
「ただ、面倒なので正義感だけは出さないでくださいね」
私は瞬時に答える。
「承知しました!」
「絶対に止めません!」
人生で一番大きな声だった。
⸻
ーー黒瀬フェーズ
限界だった。
質問は尽きない。
だが内容は偏ってきている。
久世。
デポル。
司法。
国家。
もう持たない。
(久世……早く来いよ!)
その時だった。
SPたちのイヤホンへ同時に通信が入る。
五人が一斉に視線を合わせる。
迷いなくスタジオを飛び出した。
残るのは五人。
(来た!?)
高宮が微笑む。
「では、そろそろ締めですかな」
「質問も多数いただきましたし」
「ええ……」
「国民の皆様も総理ご本人の声を聞けて、大変有意義な時間だったと思いま……」
言葉が止まる。
視線の先。
欠損した右腕。
真っ赤な包帯。
右目には深い傷。
破れたスーツ。
全身に乾いた血。
その隣には、左半身が血で染まった加藤めぐみ。
いつ、そこまで歩いてきたのか誰も見ていなかった。
二人が立っていた。
(間に合った……)
心臓が高鳴る。
私の命を懸けた報道だ。
必ず完成させる。
二人は静かに歩く。
スタジオ全体が息を呑む。
SPも動けない。
久世の胸には赤く点滅する装置。
配線が身体へ巻き付いていた。
爆弾。
実際に見たことはない。
しかし、ドラマや映画の演出で何となく想像してしまう。
そう見える。
本物か。
偽物か。
誰にも分からない。
誰も近寄れない。
高宮だけが久世を見る。
そして、小さく呟いた。
「……生きていたか」
マイクは拾う。
スタジオが静まり返る。
誰も意味を理解できない。
だが、その一言だけで十分だった。
全国へ、その事実だけが流れた。
久世は何も言わない。
ゆっくり私の席へ座る。
私はマイクを握る。
震える手を押さえながら。
「予定を変更します」
「ここからは緊急特別企画」
「全国指名手配中の久世恒一衆院議員と、高宮総理大臣による生討論をお送りします」
カメラが二人を映す。
全国のお茶の間。
SNS。
動画配信。
全てがこの瞬間へ集中する。
私の命が終わってもいい。
この放送だけは、絶対に止めさせない。
ここから先の台本はない。




