第118話:原点・黒
ーー久世フェーズ
愛知県。
山間部を抜ける。
爆発現場から離れて二時間ほど。
時刻は、夜十二時を回っている。
ようやく一息つける場所まで来た。
大型トラックはサービスエリアへ入る。
「十五分だけ休憩だ」
運転手がそう言った。
この大型トラックは、めぐみがヒッチハイクしたものだ。
トラックが路肩に止まった瞬間、井口が拳銃を突きつけ脅した。
運転手は怖がる素振りを一切見せなかった。
「どうぞ」
それだけだった。
鷹宮は周囲を警戒しながら降りる。
井口は煙草へ火をつけながら続く。
俺たちは、まだ車に残っていた。
めぐみは俺の横で動かない。
「右腕痛む?」
「まあね。ノブさんの所でだいぶマシにはなったけど」
表情からは心配が見て取れる。
運転手が俺を見る。
「……あんた、久世恒一だろ」
少し考えた末。
俺は頷く。
「そうです」
腰に差している短剣の位置を確認する。
俺の警戒とは裏腹に、運転手は話し始める。
「娘と妻をデポルに殺された」
「警察は何もしなかった」
「裁判も終わり、相手は執行猶予」
俺は何も言わない。
「だから警察にも突き出さない」
「それだけだ」
短い言葉だった。
俺は軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
運転手は疲れた笑みを見せ、トラックを降りる。
俺たちもそれに続いた。
満天の星空。
澄んだ空気。
ほんの少しだけ、高ぶった気持ちが落ち着いた気がした。
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・
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休憩も終わる。
俺はスマートフォンを取り出した。
一件だけ。
まだ掛けていない番号がある。
呼び出し音。
一回。
二回。
三回。
電話が繋がった。
「……はい」
久しぶりに聞く声だった。
「どうですか」
「山本、俺、三橋」
「渡り歩いてきた気分は」
沈黙。
黒瀬は何も答えない。
「三橋についた以上、もう捨て駒でしょう」
「そんなことを言うために電話を?」
「これくらいの皮肉はいいでしょう。あなたの報道が、今俺を追い込んでいるのだから」
黒瀬は再び黙った。
俺は声色を変える。
低く、しかし真っ直ぐに。
「明日のあなたの特番へ俺を出してください」
黒瀬の息が止まる。
明日の特番では、高宮総理がわざわざ出演される。
度重なる俺への報道。
SNSで募る政府への不安。
高宮が所属する政党もある。
選挙に向け、信頼回復を得るのが目的だろう。
だからーー
「総理大臣と対談させろ」
駆け引きはしない。
「その方が数字は取れるでしょう。総理とキャスターだけの番組より」
「……」
「全国指名手配犯との独占生放送の方が」
電話の向こう。
小さく息を吐く音だけが聞こえた。
⸻
ーー黒瀬フェーズ
電話を握る手が震える。
全身の血液が沸騰する。
もっと責められると思っていた。
裏切った。
利用した。
見捨てた。
そう言われる覚悟だった。
しかし、久世は普段通りの皮肉以外、一度も責めなかった。
ただ、仕事の話だけをしている。
私は静かに尋ねた。
「一つだけ教えて」
「何故、責めないの」
久世の言葉に迷いはなかった。
「一度裏切った人間は、何度でも裏切る。そう教えてくれた人がいましてね」
胸が痛む。
「山本を裏切った時点で、あなたを信用する理由は一つもありません」
「……そう」
当然だ。
「そもそもめぐみの情報を流し、拉致したあの事件がある以上、信用も信頼もできないです」
胸へ突き刺さる。
しかし。
続く言葉は予想外だった。
「ただ、あなたには報道へかける思いがあるでしょう」
「俺はその一点に対し、言葉を投げています」
私は目を閉じた。
いつからだろう。
私が報道を始めた理由を忘れたのは。
国の隠蔽。
甘い判決。
加害者ばかり守る社会。
それが嫌だった。
だから。
テレビ局へ入った。
それなのに。
出世。
視聴率。
権力。
気づけば。
私が追い掛けていたものは、真実ではなくなっていた。
そして、指名手配犯と現役総理の対談。
事実と隠蔽、真実と虚偽。
報道人として、胸が熱くなる。
まだこの感情が、残っていることに。
どこか安心し、歓喜した。
久世は最後に言う。
「あなたが信じる事実を報道するのか」
「使い捨てのコマを全うするのか」
「今、答えてください」
私は笑った。
久しぶりだった。
「そこまで煽られたら引き下がれませんね」
「こちらにも報道のプロという意地があります」
決めた。
「その話、引き受けますよ」
私は、三橋に殺されるだろう。
だがーーやすやすと終われない。
政府の正義に、核弾頭をぶつけてやる。
「ただし、一つ条件があります」
淡々とした口調で、久世は答える。
「話だけは聞きますよ」
不甲斐なさ。
不安。
恐怖。
全てを深呼吸に乗せて吐き出す。
「必ず三橋も、高宮も倒してください」
電話の向こうで。
久世は短く答えた。
「承った」
通話が切れる。
私は窓の外を見る。
東京。
巨大な街。
その中心で、強く拳を握る。
「本気の報道をやってやる」
最後の報道へのカウントダウンが、私の中で静かに刻み始めた。




