第117話:羊頭狗肉
ーー名無しフェーズ
耳鳴り。
何も聞こえない。
視界は白煙だけ。
身体が動かない。
胸が熱い。
いや、違う。
爆発時の破片が、至る所に突き刺さっている。
(俺か)
隣を見る。
加藤めぐみ。
爆風で吹き飛ばされている。
俺は、とっさに覆い被さった。
理由なんて、大したものじゃない。
相棒も死んだ。
俺も死ぬ。
順番だ。
人から奪って生きる。
それしか知らなかった。
親も知らない。
戸籍もない。
名前もない。
それが普通だった。
井口おさむに会うまでは。
「君たちはまだ、人として生きられる」
最初は笑った。
デポルにそんなものあるか。
そう思った。
だが違った。
奪わなくても生きられた。
働き。
飯を食い。
眠る。
それだけでよかった。
だから最後くらい。
誰かを守って死ぬのも悪くない。
「……生きてるか」
加藤めぐみが目を開ける。
「ええ」
俺は笑った。
血が止まらない。
もう助からない。
「同胞だから助けた、それだけだ」
加藤めぐみは何も言わない。
俺は続ける。
「公安も」
「井口おさむも」
「その息子でさえ」
「久世恒一に期待してる」
「だったら、俺も少しくらい賭けてみてもいい」
息が苦しい。
視界も暗い。
「次、生まれ変われるなら」
「奪わなくていい生き物がいい」
「人型じゃない方が…いいな」
それだけだった。
返事はなかった。
ただ。
加藤めぐみの手だけが。
最後まで俺の手を握っていた。
そこで俺の一生は終わった。
ーーめぐみフェーズ
煙が晴れていく。
「恒一!」
最初に探した。
爆風で吹き飛ばされ。
瓦礫の中に倒れている。
右肩。
額。
足。
至る所から血を流している。
それでも。
「……生きてる」
防弾ベストのおかげだった。
胸への致命傷だけは避けられていた。
井口。
鷹宮。
二人も傷だらけだった。
しかし立ち上がる。
「死ぬかと思った」
井口が笑う。
鷹宮は苦笑いだけだった。
生き残った。
だが。
「あの人は……」
護衛のデポルは動かない。
胸には木片。
心臓を貫いていた。
恒一が近づく。
何も言わない。
ただ、普段のデポルを見る目とは明らかに違っていた。
一方。
尋問していた男は爆発をもろに受け即死。
スマートフォンも粉々だった。
情報は失った。
静寂。
誰も話さない。
そして私には、いつもの感覚が戻ってきた。
「恒一、都庁へ行くのはやめよう」
全員が私を見る。
「三橋を探すのは辞める。こちらに来させよう」
恒一が戸惑う。
「どうやって?」
「恒一と総理をぶつける」
恒一が目を細める。
「どうぞ続けて」
「黒瀬麗奈にコンタクトを取る」
三人は私の話を黙って聞く。
「今日の夜、総理出演の特番がある」
「選挙前、そして今回の件で失った信頼を回復するため」
鷹宮も気付いたようだ。
「生放送か」
私は頷く。
「黒瀬へ電話する、久世恒一を出演させろって」
「そこで全部話すんだよ、証拠も全国放送で流そう」
井口が笑う。
「指名手配犯が生放送か、面白そうじゃないか」
私は続ける。
「鷹宮さんと井口は、副調整室を占拠してください」
「何で俺には、さん付けじゃないんだよ」
「二人で放送を止めさせないようにする」
「そこに籠ってたら、総理のSPも手出しできないでしょ?そうこうしてるうちに、三橋もやってくるよ」
井口が笑う。
「何故そう思う?」
「この爆薬の量。確実に殺しにきてる。平屋が全壊してるんだから。私は、あの人と車のおかげで…あなたたちは無駄に頑丈だからたまたま助かっただけ、つまりーー」
「爆薬の量から考えて、生存は想定していないはず、ということか」
「そういうこと」
「悪党の発想だな」
井口の言葉には反応しない。
鷹宮が、疑問を呈する。
「いい作戦だが、ここには男の遺体しかない」
「わかってる。だからーー」
護身用のナイフを取り出し、おもむろにセミロングまで伸びた髪を切り取った。
「この髪を少し燃やす。一番近くにいた名もなきデポルの周りにばら撒く。完璧に騙す必要はない」
恒一が答える。
「俺たちが東京入りするまでの間、邪魔をさせない。それとテレビ局に入るまでの間の時間稼ぎというわけか」
私は頷く。
鷹宮が、笑顔になる。
「面白い。それでいこう、時間もない。すぐ消防も来るだろう。急いで立ち去ろう」
空気が変わった。
逃げるだけでも、追うだけでもない。
攻める。
その方向が決まった。
「ここから東京までは、私が調達する。武器だけ出しておいて」
三人はポカンとしている。
(まあ、時期に分かる)
私はさっきまで、逃げることばかり考えていた。
恒一だけ連れて。
どこか遠くへ。
でも違う。
この人は止まらない。
私も止まりたくない。
この人を最後まで支える。
それが私の役目だ。
「行こう」
私たちは煙の残る廃墟を後にした。
向かう先は東京。
そして。
この国そのものだ。
この戦いは、もう誰にも止められない。
私たちはもう、引き返せない。




