第116話:蟷螂之斧
ーー久世フェーズ
黒いバンには、六人乗っていた。
全員、肌が黒く変色したデポル。
俺たちは五人。
それでも結果は変わらなかった。
「一人だけ残しましょうか」
俺が言うと、鷹宮も井口も何も聞き返さない。
数十秒。
五人が倒れ、一人だけが地面へ転がっていた。
鷹宮が拳銃を向ける。
井口は逃げ道を塞ぐ。
俺はスマートフォンの録画を開始した。
「誰の命令ですか?」
男は血を吐きながら笑う。
「ある男だよ」
「仲間を殺されたくなければ……久世恒一と、一緒にいる連中を殺せってな」
「名前は?」
「言えない。ここで死ぬとしても」
決定打にはならない。
だが十分だった。
「そう。じゃあいいですよ」
「えっ?」
録画を止め、デポルに促す。
「このトラックで、どこへなりと」
「その代わり、そのスマホとバンは貰って行きますよ」
奪った黒いバンへ乗り換えた。
デポルは豆鉄砲を喰らった顔をしている。
「……殺さないのか?」
「お望みとあらば」
「いやいい。すぐに出る」
デポルはトラックに乗り込む。
そして、別方向へ走らせる。
囮だ。
追うなら追えばいい。
俺たちは逆方向へ走る。
奪ったスマートフォンを確認する。
着信履歴。
発信履歴。
数分置きに同じ番号。
逐一報告を受けていたらしい。
そして間抜けなことに、固定電話の番号だ。
その時だった。
着信。
全員が顔を見合わせる。
俺はスピーカーへ切り替え、通話ボタンを押した。
『おい』
『久世たちをやったか?』
男の声だった。
『あいつら殺せば三橋さんからボーナスが貰えるんだよ、やったんだよな?』
(おいおい。まださっきの下っ端の方が根性あったな)
俺は声色を変える。
「リーダーは殺られました」
「今、追跡しています」
「応援を回してもらえませんか」
『あぁ?』
『あいつ死んだのか』
『まぁいい』
『お前も逃げたらどうなるか分かってるよな』
「……はい。もちろんです」
『使えねぇ奴らだ』
(無能が)
(援軍を出すのか出さないのか、それくらい答えろよ。数がわからないだろ)
怒りを押し殺す。
もう一歩だけ踏み込む。
「あ、あの」
『なんだ』
『さっさと終わらせろ』
「三橋さんからは……どんなボーナスが貰えるんですか」
数秒の沈黙。
『そんなもん、お前には関係ねぇ』
「そうですね、もういいです」
『あ?』
俺は鼻で笑う。
「馬鹿が。固定電話でかけてくるって、どれだけ無能なんだ」
「場所が丸分かりなんだよ」
手元の俺のスマホ。
既に、みずきから位置情報が届いていた。
すぐ近く。
スカイラインを下りた先。
古びた平屋。
「恐れ入るよ」
思わず口元が緩む。
基地局から誰が電話したかまでは追えない。
だが固定電話なら話は別だ。
地域を特定し。
周囲の防犯カメラを片っ端からハッキング。
直近で固定電話を契約した建物。
使われている建物。
可能性を一つずつ潰していく。
営業時代。
仮説を立て、外れれば修正し、また仮説を立てる。
その繰り返しだった。
俺のやり方を。
みずきは情報戦へ昇華させていた。
もはや就職先の心配をする必要もない。
井口が叫ぶ。
「このまま突っ込むぞ」
「この間抜けだけは、生け捕りですね」
『な、何を言って……』
アクセルを踏み込む。
平屋へ一直線。
平屋の前で、数名騒いでいる。
鷹宮がライフルを構え、井口が拳銃を確認する。
「恒一、死なないでね。こんなところで」
めぐみが俺の右腕へそっと触れる。
失った腕。
そこへ手を添える。
不思議と落ち着く。
「もちろん。まだ聞きたいことが残ってる」
(この力のこととかな)
左手には特殊警棒。
右腕には短剣を巻き付けている。
まだ慣れないが、今あるもので戦うしかない。
車は平屋へ突っ込む。
木片が舞う。
鷹宮が発砲しながら飛び降りる。
井口も続く。
俺も地面へ降り立った。
向かってくるデポル。
一人。
二人。
三人。
殴り。
斬り。
蹴り飛ばす。
たった数十秒。
十数人いたデポルは全員倒れていた。
残ったのは一人。
電話の男だ。
「あ……ああ……」
震えている。
俺はしゃがみ込む。
「で?」
「俺を殺せば、三橋から何が貰えるんですか?」
返事を待たず。
警棒で左膝を叩き割る。
骨が砕ける音。
絶叫。
「答える!答えるから!」
「三橋さんは何でもくれる!」
「金も!」
「戸籍も!」
「家だって!」
「言われた通り動くだけなんだ!」
「三橋ってのは、この男で間違いないな」
写真を見せる。
「そ、そうだ!」
「間違いねぇ!」
(……違う)
(こんな末端へ三橋が直接指示を出すか?)
その時だった。
ふと鼻を掠める。
鼻を刺すような、人工的な甘い匂い。
(……なんだ?)
思考が止まる。
一瞬。
「恒一!」
めぐみの叫び。
同時に。
「上だ!」
鷹宮の怒号。
反射的に見上げる。
天井。
黒い塊。
「伏せろ!」
「爆弾だ!」
(ちっ……だからか。この間抜けは最初からーー)
理解した時には遅かった。
轟音。
閃光。
世界が白く染まった。




