第113話:呉越同舟
ーー井口ゆうたフェーズ
俺は、元特別行政庁長官・井口おさむの息子。
井口ゆうた。
徳島県出身。
そして、デポルだ。
父は死んだ。
生前、デポルに日本の未来を見ていたらしい。
丁度死ぬ一週間前、父から連絡が来た。
それまでは、息子という存在を忘れていたのではないかと思うほど、一度も連絡など寄越さなかった。
俺の前に現れるのは、いつも真壁だった。
父に代わって、あれこれ世話を焼いていたのも真壁だ。
その父が、ようやく連絡を寄越したかと思えば、意味の分からないことを口にした。
「お前は俺の息子だ。俺の思考に辿り着くこともある」
意味が分からない。
あんたとは、ほとんど会話もしたことがない。
何を理解しろというのか。
中学の頃。
ある女生徒にイタズラをしようとしていた。
(いや……犯罪だな)
それまでの俺は、父が徳島県知事だったことを盾に、好き放題生きていた。
大人は平伏し、注意もしない。
生徒たちは父が何者かも知らず、勝手に恐れていた。
俺は、自分が王様になった気でいた。
しかし、忘れもしない。
吉田さおり。
美しかった。
だから欲しくなった。
いかにも守られて育ちました。
私は危害なんて加えられません。
そんな空気を纏った女だった。
恐らく、俺自身と重なったのだろう。
いつものようにちょっかいを掛け、監禁した。
そこまではよかった。
俺のことを探っていた男。
俺の居場所を奪った男。
それが、隣の助手席に座る久世恒一だ。
小学生を卒業したばかりとは思えない気迫。
躊躇のない暴力。
当時の俺は、こいつから受けた暴力で一年近くまともに動けなかった。
一時期は荒れに荒れた。
デポルさながら、こいつが俺の全てを奪っていったのだから。
それなのに。
父に言われたから来てみれば、このザマは何だ。
殺し甲斐もない。
右腕は失い、右目もまともに見えてはいなさそうだ。
満身創痍。
父もこいつも、とんだクソ野郎だ。
何かのために命を懸けて、何になるというのか。
苛立ちついでに声を掛けた。
「おい」
「はい」
「吉田さおりはどうした? お前の女なんだろ?」
憎たらしい顔。
何を言い出すかと思えば、そんなことか。
そう書いてある。
「さあ。中学卒業後、一度会って以来、知りません」
心底どうでもいい。
そんな口調だった。
続けて久世が聞いてくる。
「あなたは何故ここにいるんです? 殺すと言いながら送迎までしていただいて、何が目的なんですか」
「さあな。俺には俺の都合がある」
俺自身、それをまだ決めかねている。
父から最後に託された言葉。
「久世恒一を助けてやってくれ。これは俺の願いだ。それが巡り巡って、ゆうた。お前に返ってくる。それが俺の読みだ」
相変わらず意味不明だった。
自分のデポル社会進出という夢物語を、俺に背負わせたいだけじゃないのか。
そう思った。
だが、その後に少しばかりの遺産を残して死んだ。
遺書には一言だけ。
『お前が決めろ』
だから協力しなくてもいい。
殺してもいい。
俺が決めるのだから。
しかも久世は、俺から全てを奪った元凶だ。
何故そんな奴に協力しなければならない。
そう思っていた。
そんな時だった。
たまたま入った蕎麦屋でニュースが流れる。
『久世恒一衆議院議員を全国へ公開手配』
爆笑したさ。
ようやく因果応報だと思った。
しかし。
そんな思いとは裏腹に、俺の足はこのクソ野郎の元へ向かっていた。
父の願いを叶える気はない。
何もしてくれなかった父へ、今さら応える義理もない。
だが。
俺をどん底へ叩き落としたこの男が、最後にどこまで足掻くのか。
それだけは近くで見届けたくなった。
それに。
こいつが本当に殺人を重ねるほどの胆力を持つ男なら、利用価値もある。
それを見極める。
(甘受するさ。俺が再び王になれるなら)
真壁から事前に聞かされていた防犯用品店。
まずはそこで決める。
父の願いを踏みにじるか。
利用するか。
それとも。
俺自身の手で、久世恒一という男を殺すかを。




