第111話:奇襲
「速報です」
「久世恒一衆議院議員に対し、複数の殺人事件への関与容疑で捜査本部が本格的な捜査を開始しました」
「関係先への家宅捜索を実施。事務所や関連企業から資料を押収しています」
「久世恒一衆院議員は、少年時代から長期間にわたり複数の殺人へ関与していた疑いも浮上しています」
「警察は全国へ公開手配を行い、情報提供を呼び掛けています」
聞き覚えのある声だった。
車のカーナビのテレビから流れる、黒瀬の声。
鷹宮から説明を受けた″三橋″という男。
対峙した時に受けた印象、そのままだった。
冷徹、非情、狡猾、老獪。
嘘と真実を織り交ぜ、巧みに俺に圧をかけてくる。
もっとも、ほとんど真実だが。
めぐみが冷静に分析する。
「私も拉致していたのに、恒一だけを指名手配にした。私のことは調べきれなかった?それとも後のカードとして持ってるのか」
そして一名。
対照的に取り乱す者もいる。
「久世くんが、指名手配されてる。どういうこと?」
あさみだ。
このメンバーで唯一、俺のデポル狩りに無関係な女。
「そろそろ話してほしい。わけがわからないの」
ごもっともだ。
ただ一生懸命、業務を遂行していただけ。
「今の報道は概ね真実です」
「……」
「俺は十年前から、高校生の時から大阪に遠征しては、デポルを殺してきました」
あさみの目つきが変わる。
軽蔑、恐怖、嫌悪。
全てが混じった瞳。
俺は続ける。
「徳島へ潜伏していたデポルも、アジトを突き止めて皆殺しにしようとしました」
「しようとした……ということは、思いとどまったってこと?」
恐る恐る聞いてくる。
まだ俺に良心のようなものが残っていると信じたかったのかもしれない。
「違います。殺しきれなかっただけです。その日だけで五十人は殺しました。他の数十人は取り逃しただけでーー」
「もうやめて!」
車内に響くあさみの悲鳴に近い声。
「久世君はなんで言い訳しないの?……殺さないといけない理由とかあったんじゃないの!?」
「ないですね、殺したいから殺しています。この世から、せめて俺が住むこの日本からは、一人として生かしておかないと決めています」
言い終わったと同時に、右頬に衝撃が走る。
あさみの鋭いビンタだった。
「なんで防がないのよ!それで罰を受けたつもり!?」
「いや、あの……右腕ないので防げなかっただけです」
車内に重たい雰囲気が流れる。
「ごめんなさい……」
あさみが謝る。
「あなたは俺に騙され、格闘技を教える羽目になった。そして、俺の企業で働く羽目になった。謝ることはないですよ。立派な被害者です」
バツが悪そうな、しかし受け入れられないといった表情を見せる。
「やっぱり私は、久世君がただ殺したいから殺しているというふうには思えない。教えてる時、いつも悔しそうに、自分の弱さに怒りながらやってた」
「私には言いたくないけど、殺すという行動を起こすまで、許せない理由があるんだと思う」
「でも……到底受け入れられない」
当然の答えだ。
「デポルが私達にとって脅威であることは否めない。国は対策しないし、デポルの犯罪は増える一方」
「でも、デポルにも良い人はいるし、人間にも悪い人はいる」
俺は黙って聞く。
めぐみやみずきは、何か言いたげだったが、何もするなと視線で黙らせる。
「だから、私は久世君を告発します」
めぐみが立ち上がる。
「させない。恒一が背負っているものに比べたら、あなたの正義感はちっぽけ過ぎる」
「私はあなたに感謝してるよ。でもひとつ聞かせて。大きな正義感や大義を抱えている人が一番偉いの?辛い思いをした人が誰よりも偉いの?」
この人は昔から変わっていない。
自分を曲げない。
不器用で、真っ直ぐで、自分も他人も疑わない。
そろそろ仲介に入ろう。
めぐみを止めなければ、あさみをボロボロに泣くまで、いや泣き続けても止めはしないだろう。
「待ってください、あさみさん」
運転席から声だけ飛んでくる。
山上が口を開く。
「確かに久世のやっていることは褒められたものじゃない。でも久世が戦ってきたからこそ、助かった命も多くある。その命の中には、俺たちも入ってる」
高校での事件。
みずきの事件。
めぐみの事件。
順に説明する。
「徳島での事件も恒一がやらなければ、限界集落から住民が殺されてた」
めぐみが言い放つ。
あさみは、泣きじゃくりどうすれば良いかわからないという表情だ。
「あさみさん。あなたの正義に従って告発すればいいですよ。ただ二つだけ、お願いがあります」
あさみはゆっくりと顔をあげる。
「一つ、今、俺たちが追われているこの状況。これに終止符を打ててからにしてください。でなければ、あなたが囚われるだけです」
「もう一つ、めぐみ、みずき、山上は自分で決めたというでしょうが、彼らは俺が巻き込みました。告発するなら俺だけにしてください」
鋭い眼光のめぐみとみずきに気圧されながらも、あさみの返答を待つ。
しかし、あさみが答える前に、鷹宮が叫ぶ。
「どこかに掴まれ!」
黒いセダンが車の左側からぶつかる。
「あさみさん。心から謝罪する。こんなことに巻き込んで。でもこんな状況です。一つ目の約束は守ってもらいますよ」
あさみは、怯えながらも頷く。
目的地までは、あと数キロ。
外には二台のセダンが追いかけてきている。
危機的状況。
当然の仲間の危機でもある。
俺は、輸血したとはいえ、右腕は失った。
なのに。
「恒一……」
めぐみが心配そうに俺の顔を覗き込む。
それもそうだ。
俺はこの状況で、笑っていたのだから。




