第110話:命脈
徳島と和歌山を結ぶフェリーで、難なく関西へ再上陸を果たした。
海の上。
圧倒的な物量でゴリ押しされれば、俺たち数名など瞬殺だっただろう。
廃墟から、ある人物に連絡を取った。
俺は声を聞いた瞬間、嫌な思い出がフラッシュバックしたが、背に腹は変えられなかった。
信用はできなかったが、そいつの手引きもあり、徳島に潜伏するデポル。
彼らを囮に使い、海上ルートを選択できた。
そして、今。
和歌山港に到着した。
みずき、あさみ。
そして二人の男。
(あいつらが護衛か)
俺たちに気づいたみずきたちが、駆け寄ってくる。
しかし、すぐにその足は止まる。
俺たちは、廃墟に用意されていた最低限の着替えで見た目を変えていた。
それでも隠せないものもある。
「……久世くんの、腕が。それに顔色も死人みたいに」
みずきの目に大粒の涙が溜まる。
「死人は余計だが。みずきのおかげで、右腕だけで済んだ。判断、決断、実行。見事だった。ありがとう」
声を押し殺しながら、涙を流す。
めぐみが優しく抱き寄せる。
あさみが、真っ直ぐこちらを見てくる。
いつになく真剣な表情だ。
「説明。してくれるんだよね?」
「ええ。もちろん。ただ車内でね」
次に、男たちへ目をやる。
「井口さん直属の護衛だよ。本当は五人居たけど……私たちを守るために三人……」
みずきが、簡潔に説明する。
警護という名の監視をされているのだった。
二人が近づいてくる。
どこからどう見ても人間だ。
「私たちはデポルだ。名はない。井口さんによる命は、立花みずきを警護しろ。だからそうする」
真っ直ぐな目をしている。
俺のことも信用できないだろうに。
もちろん、俺もだが。
「命令とはいえ、俺の仲間を守ってくれたことに感謝する」
みずきが、涙を拭いながら報告を続ける。
「かなさんは、たまたま外出中だったから東大阪に行かせたよ」
「見事だな、感謝する」
手短に話し、車へ乗り込む。
ここまでは順調。
次は、東大阪へ向かう。
武器や物資の補充。
かなもそこに匿われているはずだ。
連絡はついているが、問題は向けられるであろう刺客をどう対処するか。
警戒しながら、思考を巡らせる。
走行中の車の中。
デポルが話しかけてきた。
「久世恒一。これを井口さんから預かっている」
遺品か何かか。
デポルは、クーラーボックスから輸血パックを取り出した。
「正確には、一年くらい前に、水谷ひとみと取引をしていたようだ」
目の前に出されたのは、生々しく、見覚えのある赤黒い色。
それは、血液入りのパックだった。
貼られたシールに記載がある。
″AB Rh マイナス″
少量ではある。
しかし、今の俺には必要なものだ。
「どうしてこれを?」
「どういう経緯があったかは知らない。ただ俺たち護衛には知らされていた。この血液パックを回収する際にアジトに戻り、仲間を失った」
淡々と話すデポル。
いや、俺はもう人間と認めつつあるのかもしれない。
「言いたいことはわかるな」
「ああ」
すぐに輸血に取り掛かる。
こいつらは、医師でも看護師でもない。
だが、ある程度のやり方を知っているらしい。
俺は針が刺さる腕を見た。
俺自身ではどうにもできない。
やるしかない。
輸血が開始される。
「それから一つ。井口さんより伝言がある」
「なんと」
「君の周りには優秀な人材が揃っている。それで成し遂げられなかったでは笑えない。だそうで」
死してなお、はっぱをかけてくる。
どうやらよほど心配されているようだ。
(残念だったな。こんな俺に託さなければならなかった自分を呪え)
言葉には出さないが、本心だった。
「しかと承った」
俺は、死んでいったものたちの信念を慮りながら目を閉じた。




