第8話 お、お仕置き⋯⋯?
「なぁおい、あいつに何した?」
「⋯⋯えっとぉ。⋯⋯誰?」
ちょうど結愛が席を外したとき、誰かが話しかけてきた。
「おいおい、もう名前忘れたのか?」
俺はコクリとうなずく。
「まじかよ」
誰かはやれやれというかのように、頭を抱えた。
「俺は東郷千鶴だ。覚えとけ」
「⋯⋯あー」
俺は目を細めながらそいつ、千鶴を見る。――覚えてねぇ。
「まぁいい。で、あいつはどうした?」
「あぁ、結愛? あいつは確か――」
「ちげぇよ。武蔵だ。武蔵稜峨」
うーん、誰だっけな。なんか聞いたことあるような⋯⋯。
俺はあごを手に置きながら考えた。
「覚えてねぇのか?」
「えっと――」
「覚えてないに決まってるじゃん?」
俺でも千鶴でもない声が、鼓膜を通過した。
そこに響くは、すごく甘いような、冷酷なような声だった。
「だって、優磨くんの記憶は、私で埋め尽くされてるんだもん」
渾身の笑顔でそう言う結愛。とても反応しづらい。
「ねぇ、千鶴くん、だっけ?」
千鶴は、この世の終わりのような顔をしていた。
「ゆ、結愛、様⋯⋯」
「あぁ結愛、戻ったのか?」
結愛は、俺に満面の笑みを向けたあと、千鶴にはそれとは真反対の表情を見せる。
「ねぇ、千鶴くん? 放課後、空いてる?」
「⋯⋯き、今日は、無理――」
「空いてるよね?」
結愛は、すべてを圧迫するような声を放つ。
「⋯⋯空いてます」
さすがの千鶴でも、結愛には負けた。
「だよねっ! よかった!」
結愛はそう言って俺に視線を向ける。
「ぜーんぶ、私が排除、してあげるから」
そう言いながら、結愛はウインクをした。
******
放課後、千鶴は結愛につかまっていた。
「優磨くんは、先行ってて?」
結愛は千鶴の腕をガシッと掴みながら、俺に言った。
そのときの千鶴は、なぜか顔が赤くなっていた。相当痛いのか?
「おん」
俺は短く返事だけして、家に帰る。
家に着き、玄関を開けた。
「ただいまー」
俺がそう言っても、返事はない。
「そうか。今日は俺だけか」
結愛のいない下校は、かなり久しぶりだった。
散らかっている靴もなければ、あの高い声も聞こえない。そんな帰宅が、不思議でならなかった。
「ふぅ」
俺は自分の部屋で一息つき、ベッドに横たわった。
******
「優磨くんっ! ただいまー!」
「ん、あぁ。おかえり」
今までなら、俺にこう言ってくる存在はなかった。だが、今は違う。
「ねぇ、私さ、優磨くん以外の男の子とたくさんしゃべっちゃった」
結愛は、なぜかかしこまりながら言った。
そんなにかしこまる必要を一切感じない。
「だからさ、お仕置き、して?」
「お仕置きって、別に怒ってねぇよ」
何を言ってるんだ、結愛は。俺にはわけがわからない。
「だめ! もっと怒ってよね! じゃないとお仕置き受けれないじゃんっ!」
結愛は、なぜかお仕置きを受けたがってる。
「はぁ? そんなの、ない方がいいだろ?」
「じゃあ私がお仕置き、してあげるよっ!」
結愛は満面の笑みで言う。それが逆に怖いのだが。
「お、お仕置き?」
俺はゴクッと口の中のつばを飲み込む。ってか、なんで俺がお仕置きされるんだ?
「えーっと、よしっ、決めたっ!」
結愛はそう言いながら、俺に抱きついてくる。
「今日から、ずーっと――だね!」
「え、お、おん⋯⋯」
俺は、それを認めたくなかった。ただ、認めざるを得なかった。




