第2話 暴力的な、そのわけは――
教室に戻るまで、数多の壁が訪れた。
「私の優磨くんに触れないで。邪魔」
廊下を少し進むたびに現れる、生徒の壁。うるさい壁。
「結愛様ー!」
「まさか、結愛様を取られた!?」
結愛は、そんなやつらにも、一瞥し、暴言をぶつける。
「どけ。邪魔」
結愛のそんな冷たい返事に対しても、そのままの意味で捉えないやつもいるようで――。
「きゃー! 結愛様に返事をされた!?」
まるで推し活だな。確か噂では、ファンクラブまであるとか。
「優磨くん、私、暴れちゃっていい?」
その声に、冗談はまったく感じられない。この目、ガチなやつだ。
さすがの俺でも、簡単には了承できなかった。
「暴れるって、どう?」
「ん? その名の通り、だよ? 詳しくいうとね――」
「いい。とりあえず、暴れないことを強く勧める」
多分、結愛が暴れたとき、この廊下は、しんみりする。信者たちが、一瞬で亡き者にされる。
「優磨くんがそう言うなら、そうする」
よかった。止まってくれた。
「邪魔。どけ。クズどもが」
なぜだろう。いつもより、結愛の言葉が鋭い。
「結愛様! わかりました!」
結愛がそう言うと、壁たちは一斉に両壁へ避けた。まるで、部下を大量に引き連れた女王のようだった。
「優磨くん、これで通りやすくなったね?」
「⋯⋯そう、だね」
結愛は俺の手を握りながら、ズカズカと歩き始めた。
「なんで優磨なんだよ」
教室までもう少し、というところで、そんな言葉がした。
もちろんその言葉に、結愛が反応しないわけなかった。
「お前、今なんつった?」
おそらく、軽い気持ちでそうつぶやいたのだろう。
俺でも、こんなことになるとは思っていなかった。
その生徒、西宮昭仁は、胸ぐらを掴まれ、壁に押し付けられた。
「あ、いや、な、なんでも⋯⋯」
「あぁ? 嘘つくんじゃねぇ」
その声は冷酷で、残酷だった。胸ぐらを掴む手に力が入ると同時に、俺の手を握る力も強くなる。
「そこ! 何してるの!」
先生だ。廊下の端から、主任の声がする。
「チッ。あいつか」
結愛はそう吐き捨てると、胸ぐらを掴んでいた手を離す。
「放課後、校舎裏。来いよ?」
結愛のその声は、誰をも脅かすほどだった。
その生徒は、返事をする余力すら、削ぎ落とされているほどになってた。
「⋯⋯ごめん」
俺は生徒に向けて、結愛の代わりに、そう言った。
「優磨くんが謝る必要は、ないんだよ? 全部そいつが悪いんだもん」
「⋯⋯あ、あぁ」
俺も、そんな結愛を見るのは初めてだった。こんな、暴力的な結愛を。
「優磨くんに近づく人間は、みーんな、排除、してあげるから」
結愛は、明るい声で、とんでもないことを言う。
「結愛、そこまでしなくても⋯⋯いいじゃないか」
俺がそう言うと、結愛の周りは暗く、重たい雰囲気に彩られた。
まずいことを言ったな。さすがに謝るか。
「ごめ⋯⋯」
「もう、失いたく、ないから」
結愛は、俺の言葉を遮ってまで言った。そう言って、俺の胸に顔を埋めてくる。
小さな声でつぶやいていた。まるで、蚊の鳴き声のように。
「失うって――」
俺の言葉は、途切れた。いや、途切れざるを得なかった。
結愛は、どこか遠くを眺めていた。それも、憎しみを訴えるような、そんな目で。
「もう、1人に、なりたくない。1人が――」
結愛はそこで、言葉を切った。もう一度、俺の胸に顔を埋めた。そして、小さくつぶやく。
「――怖い」
結愛は、どこか寂しさを覚えるような空気をまとっていた。
そんな結愛を、俺は静かに受け入れた。
周りの空気など、一切気にしなかった。それが、俺の日常を壊すことになるなんて、このときの俺には、わからないことだった。




