第1話 学校の、屋上の、たった1人の――
「お、おい! 早まるな!」
俺、浅井優磨の幼馴染、如月結愛。
学校の屋上で、足が半分地についていない場所に、結愛は立っている。
「だって。優磨くん、昨日の昼休み、私以外の女子とずっと話してたんだもん」
「別に、そんぐらい⋯⋯」
「もちろん、それだけじゃない。だから、私、飛び降りるんだ。死んで、霊として、ずっと優磨くんのそばにいるって、決めたから」
結愛に、一切の迷いも感じられなかった。
俺とて、結愛には死んでほしくない。学校の伝説を作ったほどに、美しかった。そんな結愛でも、クソ陰キャの俺に突っかかってくれる。結愛が死んだら、俺の話し相手が、学校から消え去ってしまう。
――思いは、それだけでは、なかった。
「それはやめろ! 俺でいいなら、俺でいいなら、そばにいるから!」
俺は、知らず知らずのうちに、そう言葉にしてしまっていた。
「俺の、大切な、大切な⋯⋯」
言葉が、詰まる。これだけは、絶対に伝えたかった。伝えなければいけなかった、はずだった。思いつけない。とにかく、結愛を慰めたかった。その一心で俺は、それに代わる言葉を探した。
「俺にできることなら、なんでもやる! だから、だから⋯⋯」
無意識のうちの、無責任な発言だった。完全に、感情任せになってしまった。
なんでもなんて、できるわけがない。そんなのは、俺でもわかる。だが、言わなければ、結愛は、この世に――。
俺はそこで、考えるのをやめた。俺の感情だけに従う、そう決めた。
「なんでも、って言った?」
「⋯⋯あ、あぁ。できること、なら、な⋯⋯」
俺は、今になって後悔した。もう少し言葉を選んでからにすればよかった、と。
「なら、私の質問には、必ず、断らないでね?」
「お、おう⋯⋯」
結愛の瞳には、輝きが灯っていなかった。
俺は、顔を引きつらせながら、そう言った。ああ言ってしまった以上は、致し方ない。
「私と、付き合って」
落ちるか落ちないかの境目で、そんなことを言われた。
俺はその単語が出たとき、喜びに狩られた。
「付き合うって、買い物か? ゲームか?」
久しぶりに遊ぶ。誰かと、久しぶりに。
そう思っていた俺が間違っていた。
「⋯⋯何を言ってるの? ゆ、う、ま、くん?」
「何って、別に⋯⋯」
俺は、そのつもりだった。ただ、遊びに付き合うだけだ、と思っていた。
「じゃあ、言い方を変えてあげる」
「変えるもなにも――」
「私の、所有物に、なって?」
⋯⋯彼氏? 付き合うって、そっちの、か。
「えっと、断れ――」
「るわけないでしょ?」
そこには、一切の妥協も感じられなかった。
「⋯⋯お、おん」
断らせてもらえなかった。
「今日からずっと、私と一緒ね? じゃないと、私⋯⋯」
結愛は、もう一度、下を向いた。その先には、無駄に広いグラウンドが、佇んでいる。
「わかった! わかったから、絶対飛び降りるなよ!?」
結愛は、一度俺に視線を送った。
数秒間、互いに見つめ合った。それはまるで、俺をテストしてるかのようだった。
「⋯⋯じゃあ、一緒に行こ?」
結愛はようやく、足の全面を、地につけた。弾むような足取りで、俺の正面までやってくる。
「手、ちょうだい?」
「え、なんで――」
「ちょうだい?」
首を少し傾けながら、輝かしさのかけらもない笑顔で見つめてくる。
俺は仕方なく右手を結愛に預けた。
「えっと、これでいいね」
指と指の間に指が入り込んだ。いわゆる恋人繋ぎの状態だ。
「教室、行こうね? それまで――」
結愛はそこで、言葉を切った。
俺は、ゴクリと、喉を鳴らす。
「私のことだけ、考えてね?」
結愛の表情は、本気だった。これだけまっすぐ見つめられたことは、あっただろうか。
俺は、静かに頷いた。このとき、結愛の気持ちを、わかったつもり、だった。
それが、間違っていた、なんて――。




