帰り足
伯父の十三回忌で、その村へ行った。
山あいの小さな村で、母方の本家がある。子どものころは盆や正月に連れて行かれたが、大人になってからはほとんど顔を出していなかった。伯父が亡くなってからも、法事のたびに父だけが行き、私は仕事を理由に断っていた。その父も去年から脚が悪くなり、今回は代わりに私が出ることになった。
法事そのものは昼すぎには終わった。
座敷に焼香台を片づけ、精進落としの膳を下げるころには、親族たちも少しずつ帰り支度を始めていた。村の外から来ている者ばかりだから、みな明るいうちに山を下りたいのだ。玄関のたたきには、何人分もの草履や靴についた土が細かく落ち、縁側から上がった人のぶんまで座敷の縁に薄く残っていた。庭から吹き込んだ枯れ草も混じっている。
伯母はそれを見ても、そのままにしていた。
茶碗を洗い終えて戻ってきたとき、私は何気なく、
「先に掃いておこうか」
と言った。
伯母はすぐに首を振った。
「今夜はだめ」
「なんで」
「客のあとを夜に掃くもんじゃないの」
「でも、このままじゃ明日の朝大変だろ」
「朝でいいんだよ」
そう言って、伯母は座敷の隅に立てかけてあった箒を、わざわざ縁側の奥へ移した。今夜は使うな、ということらしかった。
私はそのときは何も言わなかったが、少し気になった。法事のあとに掃除をしないという話を、私は聞いたことがなかったからだ。
親族たちは夕方までにほとんど帰った。最後に残ったのは伯母と私、それから近くに住む従兄の和也だけだった。和也も手伝いをひととおり済ませると、「暗くなる前に戻るわ」と言って車へ乗った。伯母は門のところまで出て見送り、戻ってくると、土間のほうを見て小さく息をついた。
「ほらね、散らかったまま」
と私は言った。
伯母は嫌そうな顔をした。
「今夜だけはそのまま」
「そんなにだめなもの?」
「だめなもんはだめ」
「昔から、ってやつ?」
「そうだよ」
伯母はそこで話を切ってしまった。
私は座敷へ戻り、スマホで少し調べてみた。法事のあと 掃除、法事のあと 箒、そういう言葉で適当に検索しただけだ。出てくるのはマナーの話ばかりだった。客が帰ったら早めに片づけるほうがよいとか、食べ物をそのままにしないほうがよいとか、翌日に持ち越さないほうがよいとか、そんな内容ばかりだった。もちろん、村の家で夜に掃いてはいけない、なんて話はひとつもなかった。
それを見ているうちに、余計に今のうちに掃いておいたほうがいい気がしてきた。法事のあとの散らかりを朝まで残すほうが、むしろだらしないのではないかとも思えた。
伯母が昔からの決まりにこだわるのは知っている。だが、そういう家ごとの習わしと、実際の片づけの都合は別だろうと思った。
日が落ちて、伯母が風呂へ入ったあと、私は縁側の奥へ寄せられていた箒を持ち出した。
たたきの土を掃き寄せ、座敷の縁の草を集め、縁側に吹き込んだ枯れ葉も外へ払った。法事のあとにしてはひどく静かで、箒の先が板や土を擦る音だけが家じゅうに広がった。掃いているうちに、昼間のざわつきまで少し片づいていくような気がした。
やはり、やっておいてよかったと思った。
最後に玄関のたたきを見渡すと、土も草もきれいになくなっていた。人が大勢出入りした家には見えないくらいだった。私は箒をもとの場所へ戻し、手を洗ってから台所へ入った。
伯母は風呂から上がると、ひと目で気づいた。
「掃いたの」
私は少しだけ肩をすくめた。
「きれいになったろ」
伯母はしばらく何も言わなかった。
「今夜はだめだって言ったのに」
「法事のあとを明日まで残すのもどうかと思ってさ。少し調べたけど、そういうのは早めに片づけたほうがいいって話のほうが多かったよ」
伯母は眉をひそめた。
「調べたって」
「ネットで」
「そんなもんに、この家のことが出るわけないだろう」
「でも掃除は掃除だろ」
伯母は疲れた顔で箒のあった場所を見た。
「客のあとを夜に掃くと、帰り足が散るんだよ」
「帰り足?」
「帰っていく足」
「何だよそれ」
「散らすと、まっすぐ帰れなくなる」
伯母はそれだけ言って、もう口を閉じた。
私はそれ以上まともに取り合わなかった。法事で疲れているのだろうと思った。昔からこの家では、こういう説明のない言い方をする人が多かった。私は湯飲みを片づけ、戸締まりを確かめ、早めに床に入った。
その晩のうちは、何も起きなかった。
最初の電話は、夜の十時を少し回ったころだった。
和也からだった。
「お前、まだ伯母さんとこ?」
「そうだけど」
「叔母さん、いま起きてる?」
「起きてるよ。どうした」
電話の向こうで、和也は少し黙った。
「いや……道、間違えたみたいで」
「道?」
「いや、間違えるようなとこじゃないんだけど」
和也の家は村から車で二十分もかからない。同じ町内だし、この道は毎回通っているはずだった。
「暗かったからじゃないの」
と私は言った。
「だと思うんだけど、さっきから同じ辻に出るんだよ」
「同じ辻?」
「墓地の手前の、道祖神あるとこ。二回続けてそこへ戻った」
私は少し笑って、
「疲れてるんじゃないか」
と言った。
和也も笑ったが、その笑い方はひきつっていた。
「そうかもな。ちょっと車止めてる」
「落ち着いて見ればわかるだろ」
「うん」
通話はそこで切れた。
私はそのことを伯母に言わなかった。言えば、掃いたせいだと言い出すに決まっていたからだ。夜道に慣れていても、法事の疲れで判断が鈍ることくらいある。そう思って、私はそのまま布団に戻った。
二度目の電話は、その三十分後だった。
今度は叔母の千鶴さんからだった。父の従妹にあたる人で、夫婦で来ていたはずだった。
「ごめんね、まだ起きてる?」
「はい」
「変なこと聞くんだけど、みんなちゃんと帰ったのよね」
「え?」
「いや、もう家には着いたの。着いたんだけどね」
その声が妙に落ち着かなかった。
「玄関の前まで来てるのに、しばらく中へ入れなくて」
「入れない?」
「何て言えばいいのかね。鍵も開いてるし、戸も開くのに、何かまだ帰ってない気がして」
「何ですか、それ」
「私にもわからないよ。ただ、草履を脱いで上がるところで、何度も向きを直しちゃって」
私は受話器を持ったまま黙った。法事のあとで、人の気持ちが妙なところへ引っ張られることはある。そういう疲れだと言ってしまえばそれまでだった。だが、その“草履を何度も直した”という言い方だけが妙に残った。
「もう大丈夫なんですよね」
と私は聞いた。
「大丈夫、大丈夫。変なこと言ってごめんね」
千鶴さんはそう言って電話を切った。
私はそこで初めて、昼間の土間を思い出した。何人分もの草履が並び、その下に細かい土が散っていた。私はそれをまとめて掃き出したのだ。
それでもまだ、偶然だろうと思っていた。
翌朝、和也が戻ってきた。
まだ七時を少し過ぎたころだった。玄関先で車の音がして、私は眠い頭のまま外へ出た。和也は車を降りるなり、
「掃いたのか」
と言った。
挨拶より先だった。
「伯母さんが言ったのか」
「さっき聞いた」
「何だよ、その言い方」
和也は顔色が悪かった。
「家に帰れなかった」
「昨日、着いたって」
「着いてない。あのあとまた走って、気づいたら橋の手前にいた」
「は?」
「村へ入る橋だよ」
私は言葉を失った。
村の入口の橋は、和也の家とは反対方向だった。道を間違えたにしても、いくら何でもおかしい。
「戻ったのかと思って」
と和也は続けた。
「でも家は真っ暗で、車もないし、伯母さんも寝てるだろうし、気味悪くなってまた出たんだよ。そしたら、またあの道祖神の辻へ出た」
「……それで」
「夜が明けるまで待った」
和也はそこでようやく目を伏せた。
「帰り足を散らすなって、昔から言うだろ」
「本気でそう思ってるのか」
「本気かどうかじゃない。そういうふうになることがあるってことだろ」
家へ入ると、伯母も起きていた。和也の顔を見るなり、私に向かって、
「掃いたのか」
とだけ聞いた。私は答えなかったが、それで十分だったらしい。伯母は台所で湯を沸かしながら、小さく息を吐いた。
「まだみんな帰りきってないうちに掃くもんじゃないのに」
「そんなこと言ったって」
と私は言った。
「誰が“帰りきった”って決めるんだよ」
伯母は振り向かなかった。
「朝になるまでだよ」
「何で朝なんだ」
「夜のうちは、まだ客の足が外に残ってるから」
「そんなの」
と言いかけたところで、また電話が鳴った。
今度は千鶴さんの夫だった。
伯母が出ると、すぐに顔色が変わった。
「まだ戻らないの?」
と聞いている。
「何時から?」
少し黙ってから、
「警察にはまだ言わないで。もう少し待って」
と言った。
電話を切ったあと、伯母は私を見た。
「正治さんがいないって」
正治さんは昨夜、いちばん最後に帰った人だった。もう七十近いが、頭はしっかりしている。運転にも慣れているし、この村の行き来も若いころから何度もしている。そんな人が、夜のうちにいなくなる理由が思いつかなかった。
「夜中に車ごと見えなくなったって」
と伯母は言った。
「千鶴さんは先に寝ちゃってたらしいけど、今朝、車がないんだってさ」
和也が低く、
「戻ったんじゃないか」
と言った。
誰も返事をしなかった。
昼前、正治さんの車は村の入口で見つかった。
橋を渡って少し入った、道の広くなったところに停まっていた。エンジンは切れていて、鍵もついたままだった。だが人がいない。中を覗くと、運転席と助手席の足元に細かい土が散っていた。
それは、この村の赤土に似ていた。
ただ、山道でつく泥ではなく、乾いたたたきに草履の裏から落ちたような、ごく細かい土だった。運転席から外へ出た跡はない。代わりに、足元の土がシートの下へ、後部座席へと少しずつ広がっている。まるで車の中で、何度も靴を履き直したり脱ぎ直したりしたみたいに見えた。
それを見たとき、私は初めて本当に気持ちが悪くなった。
昨夜、千鶴さんが言っていた。戸口の前で何度も草履の向きを直した、と。
伯母は車の外から覗き込んだだけで、中へは手を入れなかった。和也も黙っていた。村の年寄りが二、三人集まってきて、みな車のまわりに立ったが、誰も大きな声を出さない。変に静かだった。
その中の一人が、私に向かって言った。
「掃いたんだな」
私は何も言えなかった。
「客のあとを夜に掃くと、足が散るんだよ」
「散るって」
と、ようやく私は返した。
「どこへ」
老人は車のほうを見たまま、
「帰る先が薄くなる」
と言った。
それ以上の説明はなかった。
警察にはそのあと連絡が行き、村のまわりを何度か探したが、正治さんはその日のうちには見つからなかった。山へ入ったのか、川のほうへ行ったのかもわからない。ただ、最後に誰かが見たのは、夜十時ごろ、村へ戻る橋の手前で停まっている車だったという。
帰りたかったのか、戻りたかったのか、それもわからない。
私は翌日の朝、村を出た。
伯母は何も言わなかった。責めるでもなく、慰めるでもなく、ただ疲れた顔で玄関に立っていた。私は何か言わなければならない気がしたが、結局「また来るよ」としか言えなかった。
門を出る前、ふとたたきを見た。
掃いたはずなのに、細かい土がまた少しだけ散っていた。玄関から外へ向かっているのではなく、外から上がって、途中で向きを失ったみたいな乱れ方だった。何人分かの足跡とも違う。ただ、履き物の裏から落ちた土だけが、いくつかの方向へ薄く散っていた。
私はそれを見て、目をそらした。
村を下りる道は、来たときより長く感じた。途中、橋の上でバックミラーを見そうになったが、見なかった。見れば、後ろの道に誰か立っている気がしたからではない。もっと嫌な理由で、誰もいない道の上に、帰る向きを失った土だけがまだ散っているような気がしたからだった。
正治さんは、その三日後に見つかった。
村からかなり離れた旧道の脇を、歩いていたところを保護された。怪我はなかったが、ひどく混乱していて、自分がどこへ帰ろうとしていたのか覚えていなかったらしい。家へ帰るつもりだった、と本人は何度も言ったそうだ。けれど、車を橋の手前に置いて、そのあとどうして山の旧道を歩いていたのかだけは、どうしても思い出せなかった。
それを聞いても、私は少しも安心できなかった。
戻ってきたから終わり、とは思えなかったからだ。
あの夜、私が掃いたのは、たたきの土や草だけだったはずだ。けれど、帰っていった人たちの足まで、どこかで散らしてしまったらしかった。
今でも法事や寄り合いのあと、玄関のたたきに落ちた土を見ると、すぐには手をつけない。
ただの土だと思いたい。履き物の裏から落ちただけの、どこにでもある土だと。けれど、夜のうちにそれを掃くと、帰るはずのものまで一緒に散ってしまう気がしてならない。
あの村では、客が帰ったあと、その晩は箒をかけない。
誰ももう、その理由をきちんとは説明しない。けれど、説明できなくても、やらないということだけは残っている。
それだけで十分なのだと思う。




