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小室泰六=SHERLOCK『裏側の正義と、獣の影』La Ligne de Rose(ラ・リーニュ・ド・ローズ)編  作者: S・C・G


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第十三話 父の葬儀



 白山の屋敷を訪ねた翌日、小室泰六と和田進一は、再び白山へ向かっていた。


春の陽射しは柔らかく、道端の桜も、そろそろ満開を迎えようとしている。


昨日訪れた屋敷のしだれ桜が、二人の脳裏に浮かんだ。


「小室さん。今日は、どちらへ?」


「まずは、近所の方に話を聞いてみようと思う」


「手紙の差出人についてですか?」


「それもある。しかし、もう一つ気になることがある」


小室は歩きながら、昨日の依頼人の話を思い返していた。


父親は三年前に病気で亡くなった。


母親はその翌年に亡くなった。


弟は、父親が亡くなる少し前から姿を消していた。


そして、父親が亡くなったという話を、娘は母親から聞いただけだった。


「和田くん。君は、父親の葬儀について何か覚えているかね?」


「いえ。依頼人からは、病気で亡くなったと聞いただけです」


「そうだ。葬儀のことは、何も話していなかった」


「それが、何か?」


「確かめてみよう」


二人は屋敷の近くにある古い商店を訪ねた。


店先には、春の商品が並び、主人は店の前を掃き清めていた。


小室は丁寧に挨拶をし、三年前のことを尋ねた。


「この辺りに住んでいた、あの屋敷のご主人ですが、三年前に亡くなられたそうですね」


「ああ、あの旦那さんか。そう聞いているよ」


「葬儀は、こちらで行われたのでしょうか?」


主人は、少し考え込んだ。


「さあねえ。病気で亡くなったという話は聞いたが、葬儀に行った覚えはないな」


「ご遺体を見たことは?」


「ないね。あそこの奥さんも、あまり人付き合いをしない方だったから」


和田が小室を見た。


小室は表情を変えず、さらに尋ねた。


「ご主人が亡くなる前、何か変わったことはありませんでしたか?」


「そういえば、若い息子さんがいなくなったね」


「弟さんですか?」


「ああ。よく店の前を通っていたよ。けれど、ある日を境に見なくなった」


「それは、いつ頃でしょう?」


「旦那さんが亡くなったという話を聞く、少し前だったと思う」


小室は静かに頷いた。


「ありがとうございました。お話を聞けて助かりました」


店を出ると、和田がすぐに口を開いた。


「小室さん。今の話は……」


「まだ決めつけてはいけない」


「しかし、葬儀を見た人がいない。弟さんも同じ頃に姿を消している」


「そうだね」


小室は道の先を見つめた。


「父親が亡くなったという話と、弟がいなくなったという事実。この二つには、何か関係があるのかもしれない」


「では、父親は本当に亡くなったのでしょうか?」


「それを確かめる必要がある」


小室はそう言うと、再び歩き始めた。


その後、二人は近隣の住人にも話を聞いた。


返ってくる答えは、どれも似たようなものだった。


父親が病気で亡くなったとは聞いている。


しかし、葬儀に参列した者はいない。


遺体を見た者もいない。


そして、弟の姿を見なくなった時期は、父親が亡くなったとされる時期と重なっていた。


「小室さん。これは、妙ですね」


「うむ」


「お母さんは、なぜ本当のことを話さなかったのでしょう」


「話せなかったのかもしれない」


「話せなかった?」


「人には、どうしても口にできない事情というものがある」


小室は、昨日見た屋敷の蔵を思い出していた。


閉ざされた扉。


錆びた錠前。


そして、蔵の前に咲いていた、満開のしだれ桜。


あの屋敷には、まだ語られていないことがある。


***


聞き込みを終えた頃には、午後の日差しが少し傾いていた。


道の向こうに、桜の花が見える。


その近くに、茶店が出ていた。


「小室さん。少し休みませんか?」


「そうだね。今日は歩いたからね」


二人は茶店に立ち寄った。


店先には、春らしい三色の花見団子が並んでいる。


「花見団子を二つください」


和田が注文すると、店の主人は串に刺さった団子を皿に載せてくれた。


ピンク、白、緑。


春の色が、一本の串に並んでいる。


「きれいですね、小室さん」


「うむ。春らしい色だ」


和田は一つ口に運んだ。


「……ほんのり甘いですね」


「そうだね」


「でも、これだけだと、少し物足りない気もします」


小室は団子を眺め、店先に置かれた餡の鉢に目を向けた。


「すみません。餡を少し分けていただけますか」


主人が小皿に餡を添えてくれた。


小室は団子に少しだけ餡をつけ、口に運んだ。


「なるほど。これはいい」


「ずいぶん味が変わりますね」


「団子そのものの味も、餡が加わることで引き立つ」


和田も餡をつけて食べてみた。


「本当ですね。こちらの方がおいしいです」


二人は桜を眺めながら、しばらく団子を楽しんだ。


風が吹くと、花びらが一枚、二枚と舞い落ちる。


「小室さん」


「何だね?」


「昨日のお屋敷の桜も、きれいでしたね」


「ああ。見事なしだれ桜だった」


「けれど、あの桜は何も語りませんね」


小室は、串に残った最後の団子を見つめた。


「桜は、毎年同じように咲く。人間の事情など、知ったことではないのだろう」


「そうでしょうか」


「どういう意味だね?」


「誰かが悲しんでいても、誰かが苦しんでいても、桜は咲きます。でも、それを見ている人間は、何かを思い出すのかもしれません」


小室は、和田の言葉に少しだけ目を細めた。


「なるほど。君らしい考え方だ」


二人は団子を食べ終え、茶を飲んだ。


やがて小室は、昨日預かった手紙のことを思い出した。


封筒には、父親が生前に出入りしていたと思われる古い住所が記されていた。


「和田くん。あの手紙の封筒を覚えているかね?」


「はい。差出人の名前はありませんでしたね」


「しかし、宛先だけではなく、もう一つ調べることがある」


「もう一つ?」


「この手紙が、どこから出されたのかだ」


和田は、はっとした。


「そうか。父親の知人が送った可能性もあるんですね」


「あるいは、父親自身が書き残したものを、誰かが今になって送ったのかもしれない」


小室は立ち上がった。


「明日は、封筒に記された住所を訪ねよう」


「そこに、手紙を送った人物がいるのでしょうか」


「それは行ってみなければ分からない」


二人は茶店を後にした。


帰り道、和田はもう一度、桜を振り返った。


春の風に揺れる花びら。


その向こうに、白山の屋敷のしだれ桜が重なって見えるような気がした。


あの蔵の中には、何があるのだろう。


父親は、本当に亡くなったのだろうか。


そして、姿を消した弟は、今どこにいるのだろう。


小室は何も言わず、前を歩いていた。


まだ、蔵の扉を開ける時ではない。


真実に近づくためには、まず、誰が沈黙しているのかを知らなければならなかった。


春の桜は、今日も何も語らない。


しかし、その花の下には、まだ誰も知らない家族の秘密が眠っていた。

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