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第9話 帰る場所を、選びます

 王都から来た調査団は、神官長の印と杖、五年分の記録を引き取った。

 ラセル王子の記録官が残した、本人の発言も添えられた。

 砦で全ての処分が決まったわけではない。

 ただ、サヴァンは神官長の権限を止められ、護衛つきで王都へ連れ戻された。


 ひと月後、誓約の不当な条項と、騎士の力を私的に集めていたことが認められた。

 神官長は解任され、裁判を受けることになった。

 北の砦には、神殿と別の機関から、術を点検する人が来る。

 もう、同じ人が作り、同じ人だけが正しいと決める仕組みには戻さない。


 私を偽物とした判定も、取り消された。

 王都からの謝罪文には、宝珠の用途を確かめなかったことと、私の説明を聞かなかったことが書かれていた。


 ラセル王子は、帰る前に、私を訪ねた。

 厨房ではなく、砦の客室だった。


「君を信じなかった」


 彼は、そう言った。


「神殿の判定を疑うことが、国を疑うことのように思えた。だが、君の言葉を聞くことまで止めたのは、私だ」


 私は頷いた。

 ここで、そんなことはないと言う必要はなかった。


「その通りだと思います」


 彼は、目を伏せた。


「王都から去れと言ったことも、撤回する。望むなら、戻ってほしい」

「王都へ行く自由を返してくださるのは、受け取ります」


 私は、椅子の上で指を揃えた。


「でも、仕事も暮らしも、ここで続けます。もう王宮の台所には戻りません」


 彼は、少し眉を寄せた。


「君は、そこで働いていたわけでは」

「聖女の検査を受ける間、厨房の手伝いだけは許されました。そこなら邪魔にならないと、言われて」


 王子が、顔を上げた。

 知らなかったのだろう。

 私が何をして、半年を過ごしたか。


「私は、邪魔だから台所へ行くのではありません。料理をするのが好きだから、行きたいんです」


 彼は、今度は黙って聞いた。

 王宮を去る前なら、私は泣いたかもしれない。

 今は、自分の言葉を最後まで言えた。


 夕方、レオンと砦の裏を歩いた。

 脚の治療は続いていたが、短い距離を歩く許可は出ていた。

 私たちは急がなかった。


「王都へ、戻れるようになった」


 彼が言った。


「はい。両親と、一度行こうと思っています。お気に入りの市場もあるので」

「そうか」


 彼は、そこで話を止めた。


「仕事は、こちらで続けます」


 私が言うと、彼の肩が少し下がった。


「人の希望を、先回りして決めないのですね」

「君が残ってくれたらと思った。だが、それを契約に混ぜたくなかった」


 私は足を止めた。


「料理が、まだ必要だからですか」


 レオンも止まった。

 木の葉が、一枚、彼の肩へ落ちた。


「違う」


 彼は、こちらを見た。


「君のいない食堂に戻りたくない。だが、料理人が替わるからではない」


 私は、その続きを待った。


「君が食べたものの感想を聞きたい。君の休みに、一緒に町を歩きたい。味が戻ったから、君が必要なくなったなどとは、思わない」


 私の指先を、彼がそっと取った。


「セナが好きだ」


 真っ直ぐな言葉だった。

 私は、王宮で言われたことを、一つも思い出さなかった。


「私も、レオンが好きです」


 笑うと、彼の目が柔らかくなった。


「では、最初の約束を」

「最初?」

「広場の焼き菓子だ」


 私は、声を上げて笑った。

 彼は少し驚き、それから笑った。


「明日は、厨房の休みです」

「迎えに行っても?」

「はい。ただ、お昼には」


 彼が、先に言った。


「二人とも、ちゃんと食べよう」

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