第10話 あなたの好きな味を、教えてください
広場の焼き菓子は、思っていたより甘かったらしい。
レオンは一口食べ、しばらく黙った。
私は彼の横顔を見ていた。
「どうですか」
「外側が、好きだ」
私は、包みを持ったまま笑った。
「私もです」
彼は、私の菓子を見た。
「真ん中は、私が食べようか」
「全部好きなので、分けません」
彼が笑い、私の肩へ自分の肩を寄せた。
団長の恋人になって初めての休日は、特別な料理も、立派な贈り物もなく、焼き菓子を一つずつ食べて終わった。
帰り道、手は繋いだ。
私は、そちらの感触を、長く覚えていた。
季節が変わる頃、砦の食堂を改修することになった。
私が始めた祝福の食事をきっかけに、町の人も利用できる、小さな窓口を設ける。
騎士団の食材を無断で売るわけにはいかない。仕入れも会計も分け、利用する人へ代金を決めた。
働く人数と、休みも増やした。
炊き出しが必要なときは、町の備えから費用を出す。
私の祝福が役立つのは、黒鷲騎士団だけではなかった。
同じような術で食の喜びを奪われた人が、調査を受けながら訪ねてくる。
料理を食べれば全て解決するとは、言わなかった。
アド先生やイオさんが調べ、取り除ける呪いは取り除く。
その間に、少しでも食事を楽しめる場所を作りたかった。
新しい看板は、厨房のみんなで選んだ。
灯火食堂。
聖女の食堂には、しなかった。
鍋を磨く人も、薪を運ぶ人も、皿を洗う人も、ここで働いているからだ。
開店の日、私の両親が来た。
父は、書類より先に、厨房の棚を見た。
母は、私の手を取った。
「痩せていないわね」
「ちゃんと食べています」
レオンが、横で深く頷いた。
母が、彼を見た。
「あなたも、ちゃんと食べているの?」
「はい」
それで、母は安心したようだった。
伯爵夫人と冷酷団長の最初の会話は、そんなものだった。
その秋、レオンの母と妹も、砦へ来た。
彼の母は、芋の団子を一緒に焼いてくれた。
私のものより、少し薄い。
端が、よく焦げていた。
「この子、小さい頃は、外側から食べていたのよ」
レオンが、厨房の入口で咳をした。
私は、知らないふりをして頷いた。
その顔で、妹さんには全部伝わってしまった。
「兄さん、それを思い出すために、どれだけ台所へ通ったの?」
「食事の確認だ」
「へえ」
私は、団子を裏返した。
今度は二人分ではなく、皆の分。
冬が来る前、レオンは私へ求婚した。
場所は、仕事を終えた食堂だった。
机の上に、二つの皿と、小さな箱。
「一緒に暮らしてほしい」
彼は箱を開けた。
指輪は、五年前の誓約のものとは違う。
内側に、私たちの名だけが刻まれていた。
「食堂の仕事を、やめなくても?」
「やめてほしくない。だが、変えたくなったら、それも話してほしい」
「失敗した夕飯でも?」
「何が起きたか、二人で考える」
私は笑った。
彼の手を取った。
「では、はい」
指輪をはめたあと、彼は私の手へ口づけた。
そのあと、顔を上げた。
私は少し背伸びをし、今度は自分から口づけた。
皿の上には、塩むすびがあった。
最初の日と同じ、三角形。
今日は、卵焼きも付けた。
「美味い」
レオンが言った。
「最初より?」
「最初のものは、別だ」
彼は、私の皿へ目を向けた。
空っぽではないことを確かめてから、もう一口食べた。
「あれが、君と初めて分けた食事だった」
窓の外は、もう暗かった。
竈には、明日の朝のための火種がある。
私たちの皿には、まだ、温かいご飯がある。
偽物の聖女と呼ばれた私に、今は、百二十人の騎士が注文を言う。
塩を控えて。肉を多く。林檎は半分にしないで。
全部は叶えられないが、私は、その声を聞くのが好きだった。
そして一人だけ、食事のあとに、同じことを尋ねる人がいる。
「明日は、何が食べたい?」
料理人の私へ、食べたいものを聞いてくれる。
「あなたの作った芋の団子がいいです」
彼は、少し驚き、真剣に頷いた。
「母に、もう一度教わっておく」
私は、最後の一口を食べた。
明日の夕飯を楽しみにしながら。
完




