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第7話 聖女を、もう一度差し出すのですか

 イオさんは、原本の文字を、いきなり断罪に使わなかった。

 古い言い回しを、王子の記録官と一行ずつ確かめた。

 結界の石に刻まれた術式も調べる。

 そして、実際に力が流れる先を、魔術師二人で追った。


 騎士の力は、砦を守るために使われていた。

 そこは、嘘ではなかった。

 けれど、必要な分を超えた力が、神官長の携える杖へ流れていた。


「結界に使う量を一定にしたまま、印へ送る量だけが、年々増えています」


 イオさんは、石の測定値を机に置いた。


「五年で、騎士が出せる力は減った。最近の隙間は、そのためです。味を感じたこととは、別の問題です」


 サヴァンは、祝福の保管だと主張した。

 その杖を調べようとすると、拒んだ。

 王子の護衛が入口に立った。


「確認が済むまで、ここを離れないでいただく」


 ラセル王子の声は、昨日より低かった。

 だが、護衛が杖へ手を伸ばした瞬間、窓の外が赤く光った。


 警鐘。


 北の見張り塔から、魔獣の群れが近づくという報告が来た。

 サヴァンの口元が、少し上がった。


「印を止めれば、結界も止まります。今、私を拘束できますか」


 イオさんの顔が険しくなった。

 誓約は、悪意ある条項だけを、その場で抜き取れるものではない。

 元の結び目を解いてから、結界へ新しい支えを接続する必要があった。

 その間、守りが薄くなる。


「セナの祝福を、供物として加えればいい」


 サヴァンが、私へ手を向けた。


「騎士の味覚ではなく、聖女の火を代償にする。結界は、さらに強くなるでしょう」


 私は、百年前の記録を思い出した。

 灯火の聖女が、最後に祝福を失った理由。

 供物になったあと、その竈に光が戻った記録はなかった。


「私に、その力を二度と使うなと?」

「百二十人と、町の住民を救うためです」


 言葉が重かった。

 厨房から、誰かが鍋を下ろす音が聞こえた。

 町には、焼き菓子の店がある。市場がある。老夫婦の花屋がある。

 全部が、私の返事を待っているように思えた。


「別の方法を、確かめてください」


 レオンが言った。

 私は、彼を見た。


「神官長の杖に、騎士から集めた力がある。それを、今夜の結界へ戻せないか」


 イオさんが、杖を見た。

 ラセル王子が、護衛へ頷いた。

 サヴァンは抵抗したが、今度は杖を守れなかった。


「使えます。ただし、一晩ほどです」


 レオンは、息を吐いた。


「一晩あれば、誓約を組み直す時間がある」

「新しい支えは、誰が?」


 私は、彼の脚へ目を落とした。

 また、この人たちだけが、何かを失うのか。


「騎士だけでは足りない。町の魔術師にも、交代で頼む。限度を決めて、人を増やす」


 ミラさんが、門へ走り出した。

 王子の護衛も、砦の人も動く。

 役割が、次々に決まっていった。


 私のところへ来たのは、マルタさんだった。


「台所、どうする?」


 私は、手を見た。

 剣は持てない。術式も組めない。

 けれど、誰かが戦い、誰かが夜通し作業するなら、食事は必要だ。


「配る分を作ります。祝福がなくなっても、温かいものを」


 レオンが、私の前へ立った。


「守られるために、君が消える必要はない」


 私は、彼の上着を掴んだ。


「あなたも、消えないでください」


 彼は、私の手を上から握った。


「約束するために、無茶を減らす。今夜は、ミラが前へ出る。私は砦の指揮を執る」


 その返事が、どんな勇ましい言葉より、嬉しかった。

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