第6話 殿下、その命令では味がしません
「セナ。王都へ戻ることを、特別に許そう」
ラセル王子は、食堂を見回して言った。
私は厨房の入口で、手を洗っていた。
「許可をお願いした覚えは、ありません」
「君の祝福に、王宮で使える価値が見つかった。検査の誤りは、神殿から訂正する」
彼は、まるで席を一つ空けておいたように話した。
私が何を言われて出ていったか、覚えていないのだろうか。
「婚約についても、再考の余地がある」
「ありません」
彼が、初めて私の顔を見た。
「私は、もう別の暮らしをしています」
サヴァン神官長が、王子の前へ出た。
「灯火の祝福は、神殿が管理すべきものです。無断で騎士へ与える行為を、続けさせるわけにはいきません」
その手には、宝珠があった。
私へ近づける。
光らない。
「神の正式な承認は、まだ下りていません」
「その宝珠は、何の力を測るものですか」
イオさんが、食堂の奥から言った。
古い記録を持っていた。
「測れない力があると、神殿の書庫にも記されています。あなたの貸出印がある写本です」
サヴァンの顔が、動かなかった。
ただ、宝珠を持つ指が、強くなった。
「危険な解釈です」
「では、専門家を王都から呼んで、同じ資料を確かめましょう」
ラセル王子が、苛立った声を出した。
「ならば、その力をここで見せればよい。私のために、食事を作れ。これは命令だ」
私は、手を拭いた。
胃の奥が、冷たくなった。
「食事なら、作れます」
すでに準備していた煮込みを、小鍋へ分ける。
仕上げをして、二皿へよそった。
私には、いつも通りの味だった。
けれど、湯気の中に見えていた、薄い金の光はなかった。
ミラさんが一匙、口へ運んだ。
目を閉じ、静かに皿を置いた。
「味は、しません」
王子は、私を睨んだ。
「手を抜いたな」
「抜いていません。温度も、味つけも、同じです」
「だったら、なぜ」
私は、皿の縁を見た。
ここに来て初めて分かったことを、言葉にした。
「私の意志で、誰かへ作る食事に働く力です。命令で差し出す供物には、働きません」
レオンが、松葉杖をついて食堂へ入ってきた。
ミラさんが椅子を引く。
彼は、王子より先に、私を見た。
「セナ。今、作業を止めていい」
私は、小鍋を火から外した。
「彼女は、騎士団と契約して働いています。移るかどうかは、本人が決めることです」
サヴァンが、レオンの左脚へ目を落とした。
「結界の内側まで魔獣を入れた団長が、言うことではありませんな」
食堂の空気が変わった。
今回の襲撃で、結界の一部が薄くなっていた。レオンたちは、その隙間から入った魔獣を追って負傷したのだ。
「誓約の履行が足りないのでしょう」
サヴァンは続けた。
「味を取り戻し、代償を惜しみ始めたから、神の守りが弱くなった」
皿を持っていた若い騎士が、手を下ろした。
ミラさんが、口を開きかけた。
私は、声を出した。
「まだ、原因を調べているところです」
脚が震えていた。
レオンの手が、机の上で握られた。
「皆さんが食べたことを、罰にしないでください」
王子は、サヴァンを見た。
神官長は、それ以上、説明しなかった。
その夜、王子の同行した記録官を交え、誓約を調べ直すことになった。
イオさんは、五年前の原本を広げた。
結界の維持。騎士の力の分担。その後に続く、細い文字。
「これは、神へ払う代償ではありません」
彼の指が、一行で止まった。
「神官長の印へ、騎士の力を送り続ける条項です」




