第5話 冷めても、美味しいと言って
出征の前夜、私は台所で失敗した。
砦の北へ出る二十四人へ、明日の食事を用意したかった。
祝福は、できた料理に残る。ただし、保存する手間まで省けるわけではない。
気温や運ぶ時間を確かめ、砦で使われている携行食の作り方を教わった。
それを、少しだけ食べやすくしたかった。
最初の薄焼きパンは、乾かしすぎて割れた。
二度目は、巻いた端から具がこぼれた。
「このままでは、食べる前に服が夕飯になります」
試食係のミラさんが、袖に落ちた豆を摘んだ。
私は笑い、笑ったあとで、焦った。
夜が遅い。
出発は朝。
美味しいものを持たせる約束をしたのに。
レオンが厨房へ入ってきた。
「今の分で、十分だ」
「まだ、崩れます」
「切って、器へ詰めればいい」
私は、割れたパンを見た。
持って歩ける形にしたくて、そのことばかり考えていた。
運搬用の蓋つき容器は、倉庫にあった。
「容器が、重くなります」
「槍よりは軽い」
彼が、指に付いた豆を舐めた。
「美味い。これを、持っていきたい」
私は、息を吐いた。
マルタさんと一緒に、小さく切ったパンと具を詰め直した。
最後の蓋が閉まる頃、レオンは厨房の入口で待っていた。
「君の分は」
私は、鍋を見た。
残りは、ほんの少しだった。
「分けますか」
「分けよう」
彼は、二つの皿を持ってきた。
同じだけ、よそってくれた。
「全部、渡してしまう癖があるな」
「厨房では、よくあることです」
「よくあっても、変えていい」
蝋燭の炎が、彼の目に映っていた。
私はパンを食べた。
自分で作ったものなのに、今夜は、少し違う味がした。
翌朝、城門で見送った。
レオンは馬の上から、一度だけ、こちらを見た。
「帰ったら、聞いてくれ」
「何を?」
「冷めても、美味かったか」
その言葉を残して、彼らは出ていった。
三日後、砦へ戻った隊の中に、レオンがいなかった。
遅れて運び込まれたのは、担架だった。
彼は意識があった。左脚を傷め、動かせずにいる。
私は近づきかけ、アド先生が通るために、道を空けた。
治療が先だ。
料理で、傷を塞げるわけではない。
数時間後、面会が許された。
私は、熱すぎない汁物を持っていった。
彼の最初の言葉は、謝罪だった。
「心配をかけた」
「はい。かかりました」
笑って済ませられなかった。
私の声を聞いて、彼は目を伏せた。
「ご飯の感想は、あとでいいです」
皿を置くと、彼は私の手へ触れた。
「冷めても、美味かった」
私は、喉の奥が詰まった。
「皆、昔の食事の話をしていた。見張りの交代が来ても、話の続きが気になるほどだった」
彼の指が、少し動いた。
「帰って、君にそう伝えたかった」
私は、彼の手を握った。
皿の中の湯気が、ゆっくり細くなった。
その夕方、王都から、金色の馬車が来た。
降りてきたのは、ラセル王子と、神官長サヴァンだった。




