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第3話 食べたいものを、思い出してください

 甘いものを出した朝、騎士団で決闘が起きかけた。


 焼き林檎の最後の一皿をめぐって、大柄な二人が睨み合っていたのだ。

 厨房の補助員マルタさんが、間に皿を置いた。


「半分ずつ。喧嘩するなら、どちらにも出しません」


 剣を腰に下げた男たちが、素直に座った。


 呪いそのものは、まだ消えていなかった。

 私の料理のあとに、普通のパンを食べても味はない。

 味わえるのは、私が調理に関わったものだけ。

 体調に変化がないか、アド先生が確かめ、魔術師たちも調べていた。


 私は、食べたい料理を紙に書いてもらうことにした。

 材料がなくて作れないものもある。全部を約束はしない。

 それでも、尋ねたかった。


 届いたのは、妙に細かい希望だった。


 硬い端のある肉のパイ。

 胡椒を利かせた豆の煮込み。

 焦げたところだけ甘い、祖父の焼き菓子。


 レオンの紙には、一行だけ。


 母の芋の団子。


「どんなものですか」


 夕食の片づけが終わってから尋ねた。

 彼は、しばらく考えた。


「茹でた芋を潰して、粉を混ぜて焼く。薄くて、丸い」

「味つけは」

「分からない。いつも台所へ行く頃には、できていた」


 私は頷いた。


「同じものになるとは、言えません」

「知っている」

「でも、近いものを一緒に探すことはできます」


 彼が、紙の端を指で撫でた。


「それで、十分だ」


 翌日の午後、彼は厨房で袖をまくった。

 芋を潰す係を、本人が申し出たのだ。


「もっと潰してください」

「これくらいか」

「もう少し」


 魔獣を斬る腕が、木の棒を持つ。

 マルタさんは笑いをこらえて、別の仕事へ移った。


 薄く焼いた最初の一枚に、塩を振る。

 レオンは首を傾げた。


「違う。だが、これも美味い」


 二枚目には、少し香草を入れた。

 三枚目は、表面を長く焼いた。


 四枚目で、彼の目が止まった。


「これだ」


 私は、鍋の縁へ手を置きかけ、慌てて離した。


「そんなに近いですか」

「外側の、薄いところが」


 彼は笑った。

 初めて見る、大きな笑顔だった。


「妹が、そこだけ剥がして食べていた。私が怒ると、母は、残りを私の皿へ入れた」


 会ったことのない家族の台所が、見えた気がした。

 今は妹は嫁ぎ、母は故郷で暮らしているという。

 帰省しても、食事の話をしなくなったと、彼は言った。


「母は、腕が落ちたと思っていた。呪いのことを、詳しく言えなかった」


 私は、残りの団子を裏返した。


「いつか、ご本人の作ったものを食べられるといいですね」


 彼は、頷いた。


 そのとき、アド先生が、古い羊皮紙を持ってきた。

 一緒に来たのは、誓約の歴史を調べる魔術師イオさん。


「君の力に似た記録が、ありました」


 古い絵には、剣を持つ聖女も、光る宝珠も描かれていなかった。

 大きな竈と、その前でパンを配る女がいた。


「灯火の祝福。かつて、食卓を守る聖女が持った力です」


 イオさんは、絵の下を指した。


「ただ、この人は最後に、祝福を失っています」


 私は、まだ焼けていない団子へ目を落とした。

 鍋の油が、小さく跳ねた。

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