第2話 冷酷団長の、おかわり
その夜、塩むすびを食べられたのは、六人だった。
米が足りなかったのだ。
一人分を小さくしても、限度がある。
医師のアド先生が、まず、何が起きたのか確かめた。
私のむすびには味がある。私が手を加える前の煮込みには、ない。
同じ米をミラさんがむすんだものも、灰のようだった。
けれど、私が炊き直した次の鍋の米なら、ミラさんがよそっても味がした。
「手で触れることが条件ではないようですね」
アド先生は、術の記録にも詳しい人だった。
「あなたが作る過程で、何かが働いている」
「料理以外、何もしていません」
「今夜は、それ以上は調べません。疲れた人を、検査台に置き続ける趣味はないので」
私はその言葉で、急に眠くなった。
神殿では、光るまで続けるのが当たり前だった。
翌朝は、野菜と卵の汁物にした。
厨房で働く三人の補助員に、事情を説明する。
火の扱いは、まずこちらのやり方を教わった。使ったことのない大鍋で、百二十人分を一人で作れるわけがない。
切る人、運ぶ人、皿を洗う人。
私は味を確かめ、仕上げを担当した。
食堂は、いつもより早く埋まった。
最初の一匙のあと、誰も喋らなくなった。
戸口で見ていた私は、怖くなった。
昨日の力が、もう消えたのか。
「卵が、ふわふわだ」
一番若い騎士が言った。
「うちで、母さんが作ってた……」
彼の隣の男が、顔を伏せた。
ミラさんは、一度だけ咳をした。
「皆、鼻をすすりながら食べない。汁がこぼれる」
本人も、鼻をすすっていた。
レオンは最後まで食べてから、立った。
器を持って厨房へ来る。
「おかわりは、あるか」
私は彼を見た。
昨日の涙を思い出したが、それを話すのは違う気がした。
「あります。今度は、卵を少し多めに?」
「同じでいい」
器を受け取り、よそった。
彼は、渡した器を両手で持った。
「ありがとう」
冷酷団長の、おかわり。
王都の噂を作った人に、見せてやりたかった。
食事のあと、給金の契約を見直した。
特殊な力を使っている可能性があるので、調査の間は試験的な勤務。休みと、検査を断る権利も、紙に加えられた。
「君が倒れるほど作れば、ここに料理人がいなくなる」
レオンは、食堂の机で言った。
「皆を治すために、全部引き受ける必要はない」
私は、少し黙った。
「治るとは、まだ分かりません」
「分かっている。今は、一食、食べられた」
彼は、まっすぐ私を見た。
「それだけでも、礼を言いたい」
王宮では、何もできなかった。
ここでは、汁物を一つ作った。
その違いが、指先から、ゆっくり体に染みていった。
昼前、厨房の隅でパンを食べていると、レオンが来た。
「君も、温かいものを食べたか」
「味見はしました」
「味見と食事は、違うだろう」
彼は、自分の空いた器を、私の前に置いた。
「同じでいい。君の分も、よそってほしい」




