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歪んだ三日月 ―法務官エドガー・レイブンズと王都に棲む蛇―   作者: かも ねぎ
第四章 歪んだ三日月 ―彼女の記録と、遠い日の約束―
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4-10 収束する証跡


 暖炉の火が揺れていた。

 ソファに腰掛けたエドガーは、カップを持ち上げて一口だけ紅茶を飲むと、サイドテーブルに戻す。


 その小さな音。

 パチリと爆ぜる暖炉の火。


 エドガーはそっと息を吐くと、ソフィアの手記を開いた。


 ――残薬の分析結果はまだ出ていない。


 だが、ルシアンの想像通りなら、彼女が服用していた薬は、麻薬が含まれていた可能性が高い。


 ソフィアが淡々と記した、症状の羅列。

 それは、彼女が服用していた薬が麻薬であったと示せる証拠になりうる。


 ――ちゃんと、向き合え。


 表紙を持つ手が震える。


 ――彼女の理性と苦痛を、無駄にしないために。


 エドガーはゆっくりと、彼女の遺した文字を目で追う。


 彼女らしい、柔らかくておおらかな文字。

 幼いエドガーを褒める言葉がたくさん、たくさん並んでいる。

 

 奥歯を噛み締めながら、最後まで、目を通す。


 裏表紙に、彼の指が触れる。


 ――……妙な厚みがある。なんだろう。


 裏表紙に紙が二重に貼りつけられている。


 少し悩んで、破いてしまわないように、それをゆっくりと剥がす。

 紙と紙の間から、一枚の紙が、はらりと落ちた。

 紙を指先で摘むように拾い上げる。


 ――小さく畳まれた受領証のようだ。


 紙を開く。

 その小さな音。


「……カームライト、半ダース。現金にて。

 エドマンド・ケビン」


 ――“ケビン”。


 ソフィアの手記にも登場した、薬の開発者の男。


 ――なぜ、ソフィアは受領証をここに隠した?


 この男への違和感を、誰かに伝えようとしたのではないか?


 きっとこの署名は違和感のあった男の直筆なのだろう。だから、彼女はそれをそっと隠した。


 ――誰かが見つけてくれると信じて?


 ――残薬もたまたま残ったのではなく、彼女はあえて残しておいたのではないか?


 紙を持つ手。

 かすかに震える。

 暖炉の明かりが、紙の上でゆらゆらと揺れていた。


 エドガーは顔を手で覆った。

 

 喉の奥が熱くなる。


「ソフィア……。あなたという人は……」


 揺らぐ橙の光。

 エドガーのつぶやきは、火の中にほどけていった。



 ◇



 軍監査局、資料室。

 エドガーとピップは、その棚の間をゆっくりと移動していた。


「頼んでくれれば、エドガーさんの手を煩わせずとも俺が全部持って帰るのに……。なんでエドガーさんが……」

「……ちょっと多くなりそうだったから」


 ぶつぶつ言っているピップの背を、エドガーは笑いながら軽く叩く。


 奥まで続く鉄製の棚。

 

 探すべきは、およそ十八年前の記録。

 国からの軍需物資の輸送記録。

 補給ルート。

 軍の派遣要請。

 その受諾はいつなされ、いつ派遣されたのか。 

 その裁可を下したのは誰か。

 

 具体的な日付も年数も曖昧。

 だが、必ず見つけ出さなければならない。


 ――あの男へ繋がる、道標を。

 

 エドガーは棚に記された管理番号に指を添わせる。

 一冊抜き出しては、中を確かめ、少しでも可能性があればピップに預けた。

 何冊も、何冊も、その作業を繰り返す。





 裁定院に戻ると、エドガーのもとに一通の書簡が届いていた。


 監査局で手に取った資料は、結局量が多くなり、書記官とピップが馬車を使って運び入れることになった。その作業を横目に、エドガーは自席に付き、書簡の封を開ける。


 ルシアンが分析に出したカームライトの薬剤鑑定。



 ◇◇◇


 分析結果

 

 提出された液薬と指定危険麻薬 : ルミナ=ヴェインの成分が 一致 することをここに証明する。


 ◇◇◇

 


 彼の口角がわずかに上がる。


「……僕の調査官の勘は、本当によく当たる」


 ピップは、エドガーの机に資料を乗せながら、不思議そうにその横顔を見つめた。


 



 資料の海。

 ピップを先に帰した後、彼は一人、その海に潜っていた。

 過去の記録は、紙が傷んで黄ばみ、頁をめくるたびにかすかにカビの匂いがする。


 手元のガスランプの明かりが揺れた。


 ふと顔を上げたエドガーは、幾冊も重ねられた冊子を、そっと脇に避けた。

 

 彼は席を離れ、窓辺に立つ。


 ――カームライトはかつて、軍の救援物資にも混入されていたことが分かった。


 連合国へ輸送された直後、麻薬ルミナ=ヴェインが、その国で流行。

 一方でアルストリア王国国内では、時期を同じくして、カームライトは出回らなくなった。

 

 もはや、偶然の一致とは言えない。


 カームライトは麻薬の試験薬だったのではないか。


 ケビンと名乗る開発者は、カームライトが投与されていた患者達を観察し、その結果を持って、麻薬として同盟国にばら撒いたのだ。


 以前の裁定で扱った密輸ルート、暗号コード、人身売買拠点。

 そして、今回判明した薬物流通。


 この薬の輸送経路は、これまでの人身売買のルートで使用された経路と一致していた。


 あまりにも共通点が多すぎる。


 つまり、薬物流通と、人身売買の後ろにいる組織、もしくは人物は同一といって良い。


 ――その人物が誰であるのか。


「あと、一歩だ」


 窓の向こう、欠け始めた月が、滲んでいる。

 明日は、雨かもしれない。

 


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