4-4 静かな記録
霧月四日 晴れ
レイブンズ家へ。
エレノアさんのご厚意で、エドガー君の教育係という名の話し相手になることが決まった。彼が私に懐いてくれているから、と。
ありがたい。
私にも、居場所ができるわ。
エレノアさんは、きっと、そういうことも分かっていらしたのね。
霧月十二日 晴れ
さっそく教育係としてレイブンズ家へ。
彼の瞳は輝いていた。
未来があるって、素敵ね。
以前から賢い子だとは思っていたけど、よく話してみると、本当に彼は賢いわ。
知識の深さではない。
一つひとつをよく観察し、深く考察しようとしている。
小さな点をつなげ、大きな円を彼は作ることができる。
あの瞳に映る世界は、きっと、私が見ている世界より鮮やかなのではないかしら。
そこに、今だけは、私も映っているのね。
陽月十六日 曇り
今日もレイブンズ家へ。
エドガー君から読んだ本の話を聞いた。
よく要点がまとめられていて、お話も上手だわ。
穏やかで、幼いのにすでに品性もある。
彼は立派な紳士になるに違いない。
あまり体調が良くなく、早めに帰宅。
動悸。胸の痛み。
金風月一日 晴れ
教育係となってから、休日を除いて三日とあけずにレイブンズ家へ通っている。
エレノアさんには体調を心配されてしまった。
家にいるといろいろと考えてしまうから、エドガー君と一緒にいたいと言ったら笑ってらした。
だって、エドガー君は本当に可愛いもの。
父が、またルーファス先生に薬について相談していた。
ルーファス先生はたいへん良くしてくださるのに、なんだか、申し訳ないわ。
ルーファス先生も疲れて見えた。
父が強く願っているのかもしれない。
金風月二十二日 雨
エドガー君の部屋で、一緒にお勉強をした。
といっても、彼にはちゃんとした家庭教師の先生がついてるから、私はその復習に付き合っているだけね。
彼、乗馬も得意なんですって。
まだ身体が小さいからちゃんとした馬には一人で乗せてもらえないと不貞腐れていたわ。
膨らんだ頬が可愛くて、つい触れてしまったら、顔を真っ赤にしていた。
子どもだと思って、気軽に触ってしまったけど、良くなかったわね。
彼と、私はあとどれくらい一緒にいられるかしら。
灯月五日 晴れ
晴れの日は、エドガー君と庭園を散歩する。
とても楽しいわ。
彼と手を繋いだの。まだ大人よりは小さい手。
彼のきらきらした瞳に映る私は、憧れのお姉さんなんだと思う。
悪い気はしない。むしろ、とても嬉しい。
「将来ソフィアと結婚したい」ですって。
まっすぐで、一生懸命で。
「はい」って言いそうになってしまったわ。
長くはない命だもの。
あの瞳を、今だけは、独り占めしたって許されるわよね。
新しい薬を使うことに決まった。
合うといいのだけど。
灯月十日 晴れ
新薬初日。
薬を飲んですぐに身体が楽に感じた。
胸の痛みは無くなり、気分がとても良い。
灯月二十二日 晴れ
庭園をエドガー君と手を繋いで散歩した。
息切れが以前より酷くなった気がする。
エドガー君に気づかれていないといいのだけど。
影月三日 曇り
薬が切れたときの倦怠感がひどい。
先生に薬を増やしてもらった。
だが、この薬で本当にいいのだろうか。
効果が強すぎる気がする。
でも、父と母は喜んでいる。
これでいいのかもしれない。
影月六日 曇り
薬服用後
半刻 気分が良くなる。倦怠感がなくなる。
二刻 薬が切れる。倦怠感。喉の渇き。めまい
三刻 追加で服用すると、やはり半刻後に気分の高揚
影月七日 晴れ
十時 服用
十時半 気分の高揚。倦怠感の消失。走ることさえ可能に。
十二時 やはり薬が切れる。倦怠感。めまい。悪寒。薬を飲む前よりひどい気分の落ち込み。
十五時 追加服用。
やはり半刻後に気分の高揚。
(以降、症状の羅列が続く)
影月十日
気分がいい時間を見計らって、変わらずレイブンズ家へ。
エドガー君に「眠れていないのか」と聞かれてしまった。
化粧でごまかしていたつもりだけど、目の下のくまに気づいたのね。
彼には、新刊に夢中になってしまって……なんて下手な嘘をついたけど、見抜かれているのではないかしら。
薬が効いている時は、これ以上ないほどに体調が良いが、効果が切れると反動が大きい。
影月十三日
薬の開発者を名乗る人物が、私の症状を診にきた。
ルーファス先生は信頼しているようだが、彼は本当に開発者なのだろうか。
それにしては……
めまいと全身の倦怠感がひどい。
薬をもっと飲まなくてはならない。
先生にはそれ以上はいけないと言われてしまったけど、つい、服用してしまう。
影月十四日
あれは、幻覚だった気がする。
ひどく幸せな夢を見た。
昨日あたりから全身の脱力感がある。
レイブンズ家には行けていない。
エドガー君、どうしているだろう。
彼とまた庭園を歩きたい。
あの開発者の人、ケビンと名乗ったけど、偽名のような気がしてならない。
影月二十日
やはり身体がおかしい。
薬を飲んでも以前ほど楽にはならない。
倦怠感。脱力感。めまい。便秘。強い焦燥感。
エレノアさんに相談した。
多分、私はもう長くない。
エドガー君、君はきっと素敵な紳士になる。
この先、きっと素敵な人にも出会える。
いろいろなことを経験し、君の世界はもっともっと広くなるのだろう。
どうか、私のわがままを許して。
影月二十二日
本を読むのも耐え難い。
調べたが、アヘンの症状に近いのではないか。
でも、少し異なる気もしている。
完全な新薬かもしれない。
でも、あの薬には麻薬に似た何かが確実に入っていると、私は思っている。
父様、母様、ごめんなさい。
もう少し早く気づいていれば……
灰月十七日
正気でいられる時間があまりにも短い
エドガー君
行けなくなってしまって、ごめんね
灰月二十四日
みんな 愛しています
出会えてよかった
ありがとう
◇
手元のオイルランプの明かりだけが灯る法務官室。
ピップを先に帰したエドガーは一人、ソフィアの手記に目を通していた。
彼はそれを閉じる。
瞳を伏せ、細く、長いため息を一つ。
濃い影が溜まる足元に、それはそっと落ちていった。




