3-21 告発の刻
白い光が、部屋を満たしていた。
法務官室。
エドガーは机に一枚、一枚、順に書類を重ねていく。
ピップは、横でそれを静かに見つめていた。
「……全部、揃ってるね」
エドガーが視線を上げてピップを見ると、ピップは少しだけ興奮した面持ちで頷く。
「僕はいつも、この法務官室に籠もって、書類とばかり向き合っている。
治安監察局が捜査した報告書、ルシアンが足で調べてきてくれた調査書。そして、ピップが監査局や財務局へ走って取ってきてくれた資料」
彼は、まとめた書類を丁寧に両手で持ち上げた。
「……僕一人では、ここまで来られなかった」
エドガーは腕を伸ばし、少年の柔らかい髪に触れる。ピップはそれを嬉しそうに受けた。
「ピップ。いつも、僕を支えてくれてありがとう」
「……エドガーさん」
やわらかく微笑み、エドガーは栗色の瞳を静かに見つめる。
「さぁ、裁定院の僕たちができる仕事をしよう。
……行こうか」
頷き合い、二人は部屋を出た。
マルコム・ヘインズの上級法務官室。
マルコムは椅子に座ったまま、机の前に立つエドガーと、その後ろのピップを順に見た。脇にはマルコム専属の書記官が控えている。
「エドガー。いよいよか」
「はい」
エドガーは書類束をマルコムの机に静かに置いた。
「全てでは……ありませんが」
殺害されたエドワード・ハリントンが人身売買組織に所属していたこと。
その組織を指揮していたのがラドクリフ子爵であること。
その組織の密輸ルートや拠点情報、納入記録及び販売記録。
だが、エドワード・ハリントンが組織の人間に殺害された証拠も得られていなければ、事件の発端となった持参金の行方も、まだはっきりとは分かっていない。
だが、それは治安監察局をはじめとした別の組織や部署に委ねることとなった。
「それでいい。
一斉捜査が行われれば、分かることも多いだろう」
マルコムが頷き、エドガーもつられるように頷いた。
マルコムは書類に視線を落とすと、素早く目を通した。
承認印を手に取り──
ダンッ。
紙に、じわりと朱が滲む。
マルコムは書類束を持ち上げると、書記官へ渡した。
「至急、治安監察局へ通報」
「はい」
書記官が書類を抱え、部屋を出ていく。
マルコムは頬を緩めてエドガーを見上げた。
「今回は、大変な裁定だったな」
「……持参金返還訴訟の案件については、全く片付いていませんが」
「そういえばそうだな。
治安監察局がきちんと遺品をこちらに回してくれればすぐ終わるだろう」
「はい」
エドガーとピップはマルコムに一礼し、二人も彼の部屋を後にした。
未明。
黒衣の治安監察局の捜査官達が、黒塗りの馬車から音を立てずに降りると、邸宅の門前に並ぶ。
息を潜め、号令を待つ。
ラドクリフ子爵邸、サウス・ガース埠頭、ロウ・マーシュ街倉庫、そしてベルヴェデーレ館。
人身売買の拠点として判明したすべての箇所で、同様に捜査官達が待機していた。
ラドクリフ子爵邸の前。
アーサーは懐中時計を懐から取り出すと、時刻を確認する。
そして、小さく手をあげる。
「突入!」
その声に、正門は破城具でこじ開けられ、捜査官たちが一斉になだれ込んだ。
前庭を駆け、本邸の扉が蹴り破られる。
裏口も含めたすべての出入り口が塞がれ、邸宅内部からは悲鳴と怒号があがった。
アーサーも指示を飛ばしながら、邸宅内部へと駆け込む。
「書類という書類はすべて持ち帰れ!
書棚はもちろん絨毯の下まで徹底的に探すんだ!
使用人も一度すべて連行する!」
低い男の唸り声。
捜査官三人がかりで押さえつけられている男の元に、アーサーは歩み寄り、それを見下ろした。
「お前! この間の!」
アーサーは口角を上げる。
「……先日はお世話になりました。
追いかけっこ。楽しかったです」
にっこり笑ってみせると、男はこれでもかと罵詈雑言を口にする。
アーサーはそれを無視して上階へ駆け上がった。
最上階、ラドクリフ子爵の執務室。
開け放たれた扉から、捜査官が廊下へ顔を出す。
「捕らえました!」
「よくやった!」
アーサーは部屋に駆け込んだ。
金髪の男、ラドクリフ子爵は、捜査官に囲まれながらも静かに佇んでいる。
彼は、ゆっくりと視線を上げ、アーサーを見た。
場違いな程に、柔和な表情。
瞳だけが、どこか爛々としている。
彼は捜査官に背を押され、一歩、一歩と、歩き始めた。
アーサーの隣に並ぶ。
視線が、交わる。
煌めくかのような男の瞳の奥には、表現しがたい影が、一つ、落ちていた。
「……私を捕らえたところで、あの方の理想は――揺らぐことはない」
男の口角が、上がる。
「……そう、伝えておけ」
――誰に?
――いや、彼に……か。
汗が一筋、頬を伝う。
男はまた、歩きだした。
アーサーは、視線を逸らさず、男の背中を見据え続けた。




