3-17 屑籠案件
◇◇◇
王立治安監察局
告発通達書
王立裁定院 第七法務局
法務官 エドガー・レイブンズ殿
下記の件について、正式に通達する。
一、貴殿は現在、国家安全保障案件として指定されている「エドワード・ハリントン死亡事案」に関し、当局より明示された調査制限および接触禁止命令に違反し、独自に調査を継続した疑いがある。
一、また、当該案件に関連する証拠、保全対象者との接触、および当局管理下にある情報への不正な関与が認められる可能性がある。
一、上記行為は、国家安全保障に関わる情報管理義務に対する重大な倫理義務違反に該当するものであり、当局はこれを看過することはできない。
よって当局は、貴殿に対し下記の措置を求める。
一、当該案件に関する一切の調査行為の即時停止
一、関係資料の提出および調査経緯の詳細報告
一、指定日時における当局への出頭
なお、本通達に対する不履行、または虚偽の申告が認められた場合、貴殿に対する更なる法的措置を講じるものとする。
以上
王立治安監察局長官
レジナルド・ハーカー(印)
◇◇◇
書面を持ったエドガーの指先がわずかに震えた。
「……マルコム卿」
「まずいことになった」
上級法務官マルコムの法務官室にて、二人は治安監察局からの正式文書を前に、顔色を悪くしていた。
マルコムはその手を額に当て、小さく首を振る。
「エドガー、調査はどこまで進んでる」
「エドワード・ハリントンが所属していた組織が人身売買に関与していたことの証拠はあります。
さらに、彼が持参金の持ち逃げを企てていたこと、組織を裏切ろうとしていたこと、そういった情報が得られたので、今は証拠を押さえようしていたところです」
エドガーは文書をマルコムに戻すと、体の前で指を組んだ。
「なるほど。あと一歩というところまで詰めたんだな……」
「……はい」
視線が下がる。
耐え難い無力感が、足元からじわじわと這い上がってくるようだった。
「エドガー。案件は私が引き継ぐ。
それから、私の名で治安監察局には抗議文を出そう。
しばらくお前は自宅謹慎してるんだ。
拘束されるよりはずっとマシだ」
「大変ご迷惑を……」
「お前のせいじゃない。
あちらさんも必死に隠そうとしてるってことだ」
「……はい」
エドガーは小さく瞳を伏せた。
――あと少し。
――あと少しだったのに……。
「まさか倫理義務違反まで持ち出してくるとは……」
「そんなことしなくていいよ」
突然扉が開き、軽い声が落ちる。
エドガーは振り返り、目を見開いた。
現れたのは、王立裁定院長官アルジャーノン・クロフト。
撫でつけられた銀の髪に、トロピカルウールの洒落たコートを羽織った痩身の男。
「やぁ。ヘインズ上級法務官。それから、レイブンズ法務官」
彼は踊るような足取りで優雅にエドガーの横までくる。彼が動くたびに、品の良い光沢がコートの上を滑った。
彼はエドガーと視線を合わせ、にっこりと笑む。
「……長官、どうしてこちらに」
マルコムが眉を寄せてアルジャーノンを見る。
「見せて、それ」
アルジャーノンは腕を伸ばすとマルコムの手から文書を取り上げた。
彼の口端が緩やかに上がる。
「あっはっは。見てよ、これ。すごくつまらない」
長官は紙をペラペラと振って見せ、エドガーとマルコムは顔を見合わせた。
「“疑惑”? “可能性?”
たいした証拠もないくせに、うちのかわいい法務官を拘束しようっての?」
アルジャーノンはもう一度書面に視線を落として最後まで読むと、紙を破く。
そして、丸めて屑籠に投げ入れた。
カコン――小さな音が鳴る。
「お見事。一発で入れたね。さすが僕」
「……長官」
マルコムがアルジャーノンを見つめ、エドガーは視線を伏せた。
「君たちね。自信持ってよ」
エドガーがゆっくりと視線を上げる。
「ここは、法の番人、王立裁定院だよ?
こんな文書が通用するわけないでしょ」
アルジャーノンはその猛禽類のような黒い瞳を細め、エドガーを見つめた。
「レイブンズ法務官。
知ってるかな。僕はね、そんじょそこらの“頭のいい人”とは違う。
“天才”なんだよ。
僕は裁定院に所属する全ての法務官の案件を把握してる。王都の第七法務局だけじゃないよ。アルストリア王国全土のね。
その僕が言う」
彼の口角が上がる。
エドガーは小さく息を呑んだ。
「レイブンズ法務官。君は馬鹿じゃないから好きだよ。こんな文書、気にしなくていいんだ。僕は王立裁定院に勤めるすべての職員をかわいく思ってるけど、君のことは特に注目してる」
アルジャーノンは笑いながらマルコムを見る。
「あぁ、ヘインズ上級法務官、君もね。人を見る目は、僕よりあるかもしれない」
マルコムは眉を寄せた。
「まぁ、君たちの欠点は優しすぎるところだね」
アルジャーノンは、マルコムの部屋に飾られた法務官たちの写真を一つひとつ視線でたどる。
最後のひとつまで見ると、彼はまたマルコムの方を向いた。
「ヘインズ上級法務官。抗議文は書かなくていいよ。君の貴重な時間をそんなつまらない文書に使うことはない」
次に、視線をエドガーに滑らせる。
「レイブンズ法務官。君は好きにやりたまえ。謹慎なんかしなくていい。証拠とやらを押さえてとっとと告発してやるんだ」
胸に手を当て、アルジャーノンは詩でも詠んでいるかのように話し続けた。
「この屑籠案件は、僕が引き受けてあげる。
君たちはつまらないことはさっさと忘れて、僕の愛する王立裁定院のために馬車馬のように働きたまえ」
アルジャーノンが頷くと、エドガーとマルコムもつられるようにして頷く。
長官はふと視線を下げ、自分の顎に手を添えた。
「レジナルド・ハーカーねぇ……。
治安監察局は馬鹿だから嫌いだけど、脳筋は脳筋で世の中に必要だからね。脳筋をまとめられる彼のことは、僕なりに認めてたんだけど……」
手を離し、ゆっくりと顔をあげる。
「僕の裁定院に喧嘩売ってきたんだ。彼には覚悟があるんだろうね。
――この僕が、喜んで買ってあげようじゃないか」
アルジャーノンは口端を歪めながら笑った。
その黒い瞳には、何ものも拒否するかのように静寂が沈んでいる。
エドガーは、彼の狂気に、ほとんど無意識に腕を擦った。




