3-15 繋がる符号
翌日。
エドガーは自室となる法務官室で、ピップが持ってきたパンの包み紙を眺めていた。
――文字と数字の羅列。
――以前手に入れた数字の羅列の文書よりも文字は少ない。
☓41-C-A-W R
7-B-G-N S
12-G-L-S W
――指示書というより、これも対応表なのではないか。
紙を取り出し、文字一つひとつを写し取って改めて見つめる。
“41-C-A-W R”
――この並び……見覚えがある。
エドガーは髪をかき上げ、額に手を置いた。
「……思い出せ。どこで見た」
手の奥で目を伏せる。
机の上に乗せられたままの片手の指は、コツコツと机を打った。
――あの時、見過ごした文字。
やがて彼は目を開け、席を立つ。
壁際の書架。
過去の裁定関係の書類は、近年のものならばまだここに綴じてしまわれている。
年数が経てば、増え続ける書類は裁定院の資料室に移されるが、彼はまだ法務官としては若く、これまで裁定したほとんど全ての記録はここに残されていた。
目的のフォルダを抜き出し、紙束をめくる。
過去の裁定案件。
あの時、大量の証拠品が押収された。そのほとんどは治安監察局預かりとなったが、核となるものはここに収められているはずだった。
エドガーの手が止まる。
「……見つけた」
奴隷売買のオークション会場の隠れ蓑となっていた高級娼館〈ローズメア〉。
その運営を行っていた貴族を、エドガーは過去に通報している。
一斉捜査の時に押収された書類のひとつ。
奴隷の納入記録のその端に書かれた、走り書きの文字。
インクもほとんどかすれ、捜査当時は関係のないメモだと見過ごされていた。
“41-C-A-W R from W”
「なるほど。数字と頭文字は、住所や街区を圧縮した記号なんだ。
ローズメアの住所は……41番クローヴィス通り、アッシュベリー街区、西区……ローズメア」
指先で文字をなぞる。
「この書類は、国内の拠点を示しているのかな」
――“W”は“Warehouse”か。
この奴隷オークションを主導していたのは侯爵家だった。
長く奴隷オークションを開いていたような侯爵家であり、法改正のもと、人身売買が違法となった後も継続して売買は行われていた。
――まさか国でも有数の“侯爵家”の後ろに別の後ろ盾がいたとは……。
エドガーは眉をわずかに歪め、奥歯を噛んだ。
――あれも“尻尾切り”に過ぎなかったということか。
残りの“7-B-G-N S”と“12-G-L-S W”も、どこかの拠点を示しているはずだ。
エドガーは机に戻り、王都オルドンの詳細地図を広げる。
細く吐き出された息が、部屋に静かに落ちていった。
その日、ウォルターは裁定院の中庭でコーニッシュ・パイを頬張っていた。
(先日渡された書類は、かったるかったなぁ……。
旧地図から抜き出したコード一覧のようだったが、いつも以上にコードがバラバラでまとめるのも一苦労だった)
エールの瓶を煽る。
(ヴェイル調査官は……雑だな)
中庭の中央では噴水からちょろちょろと音を立てて水が流れていた。
青い夏の花々がきちんと整えられ、湿った風に緩やかに揺れている。
(一度、整理整頓について教えてやろうかな。面倒そうだが)
(それにしても、ヴェイル調査官が戻るまであと半月足らずか)
「やっと戻れる」
「やぁ、ケイン調査官」
ウォルターが顔をあげると、相変わらず寝癖を立てたマルコム・ヘインズが彼の座るベンチ脇に立っていた。
ウォルターは慌てて立ち上がり、頭を下げる。
「これはこれは……。ヘインズ上級法務官殿」
「隣、いいかな?」
「え、えぇ、どうぞ」
マルコムはにこやかに腰を下ろすと、手にしていたミートパイをウォルターに見せた。
「私はミートパイにしたよ。君は?」
「私はコーニッシュ・パイです」
「あぁ、美味しいよね。明日はそれにしよう」
マルコムはミートパイをかじると、ゆっくりと中庭に視線をやりながら、黙って咀嚼する。
「どうだい? エドガーは」
「……大変優秀な方です」
「あいつは生意気だろう」
「……はぁ」
マルコムは太い指でミートパイを持ち直すと、楽しそうに笑った。視線は噴水の水を追いかけている。
「時々びっくりするようなことをやってのける」
ウォルターは黙って上級法務官の横顔を眺めた。
(釘を差しに来たのか? ただ雑談をしに来たのか?)
「度胸があるんだよな。彼。
慎重なようで、大胆で、賭け師のようなことだってやるような男だ」
「賭け師……ですか?」
「もう亡くなってしまったが、英雄と呼ばれたアルバート・クロウリー公爵。
エドガーは彼だって絡め取った男だよ」
「あぁ……。クロウリー公閣下の孫娘の婚約破棄裁定を行なったのは、レイブンズ法務官殿でしたね」
マルコムが顔を横に向け、ウォルターを見る。
「やっぱり優秀だね、君。エドガーの過去の裁定案件をちゃんと把握しているのか」
「滅相もありません」
マルコムがもう一口ミートパイを頬張った。
「上級法務官の間でまことしやかに囁かれている話。
アルジャーノン・クロフト長官の後釜は……エドガーなんじゃないかって話がある」
「……それは、本当の話ですか?」
「さぁ。どうかな。エドガー自身は長官と話したことさえないんじゃないかな。
でも、エドガーは長官に似てるからね」
ウォルターは眉を寄せる。
それを見てマルコムは声を立てて笑い出した。
「あっはっは。エドガーは穏やかで優しいからね。性格は全然違うよ。
長官はなんていうか……まぁ……アレだよね。さすがに私でも口にはできないよ」
ウォルターは苦く笑う。
マルコムはミートパイを抱えたままベンチを立った。
「……まぁ、そういうことだ。
多分、君、エドガーに“あっ”と言わされるよ。
覚悟しておきなさい」
マルコムは踵を返すと、丸みを帯びた指先でウォルターに手を振った。
ウォルターは呆然とその背を見送る。
噴水から水が落ちる音だけが、静かな庭園にいやに響いていた。




