3-1 星の見えない夜
第三章では、戦闘や流血を含む描写があるため、「残酷な描写あり」の設定を追加いたしました。 これまで設定漏れとなっており、申し訳ありません。
使用人の手によって扉が開いた。
夏だというのに、廊下からは、かすかな冷気が流れ込んでくる。
カード卓で向き合っていた紳士たちも、壁際の青革のソファに腰掛けていた紳士らも、みな一斉に扉の方に視線を向けた。
入ってきたのは、撫でつけられた銀の髪を持つ、背の高い痩身の男。
彼は、その鋭い黒い瞳を部屋の隅々に行き渡らせると、不敵に笑んだ。
踊るように優雅に歩き、カード卓の一席に、当然そこが自分の席であるかのように腰掛ける。
そこは、王立裁定院の上級法務官たちが固まっていた席だった。
ざわりと、空気が揺れた。
「おい。あれ、裁定院長官のアルジャーノン・クロフトではないのか?」
「そうですね。珍しいな。紳士会の会員なのは知っていましたが、初めて見ました」
別のカード卓にいた紳士たちが声をひそめる。
壁際のソファ席にいた何人かの貴族たちは、彼の姿を見るなり、こそこそと部屋を出ていった。
「見ろよ。腹を探られたくない連中が逃げてった」
「……なぜです?」
「裁定院はお勉強好きのエリートの集まりだが、ある意味、実力主義の個人主義者が多いって話だ。つまり、権力に屈しないってことだよ」
「へぇ……」
カード卓の貴族青年はちらと、アルジャーノンに視線を向ける。
遠目には、品の良い洒落た紳士に見える。だが、カードを持つ細長い指や、真っ黒な瞳は、鷹を思わせる鋭さを孕んでもいた。
「だからこそ、裁定院の上層部は特に、貴族家から恐れられている。融通がきかないからな。治安監察局の公安部より公平かもしれないなんて、よく聞く話だ。……そんな風に言われて、公安も面目丸潰れだろうがな」
裁定院の上層部たちの卓から、静かに笑い声が上がる。
貴族青年と同じ卓にいた別の紳士が続けた。
「実際、治安監察局は、上からの圧力にどうしても弱い。団結すれば裁定院なんかより強い瞬発力を持つが……
性質上、軍に気質も立場も近いからな。縦のつながりが厚いんだ。そんなだから、偉い貴族ほど治安監察局が大好きなんだよ」
貴族青年は苦く笑う。
一方、上級法務官たちの卓では――
「……長官、何しにいらしたんです」
「ん? 君たちと遊ぼうと思って」
上級法務官たちは揃ってため息をつく。
「僕と遊びたくないっての?」
アルジャーノンがにやりと笑いながらそう言うと、上級法務官の一人が顔を青ざめさせた。
「長官……。私たちではあなたの相手になりますまい」
「そりゃそうだよ。僕は頭がいいからね。
そうだ。負けてあげるから全力で勝ってみなよ」
「それの何が楽しいと言うのです」
アルジャーノンは声を立てて笑った。
「大丈夫。僕は、自分より頭のいい人間を探してるんだ。まだ見つからないんだけど。
でも、僕はね、裁定院を愛してるよ。みんな何かが足りないけど、みんな頑張ってる。みんな必要な人材だ。だから、落ち込まなくていいよ」
彼が胸に手を当てると、胸元のピンブローチが品よく光を滑らせる。
「……落ち込んでませんよ。誰もあなたに並び立てると思ってませんから」
上級法務官の一人が手を額に当てた。
それを見て、アルジャーノンはたまらず楽しそうに笑う。
「あっはっは。それはそれは……つまんないね!」
燭台の明かりが、ゆらりと揺れていた。
上級法務官たちは顔を寄せ合う。
「何か、運任せのゲームにしたほうが良いのではないか?」
「それでも、長官に勝てる気がしない……」
「長官はあちらでワインでも嗜まれては? 良いものが置いてありましたよ」
「僕を追い出そうっての?」
「いやいや……そういう訳では……」
カードをめくる音。
甘苦いアルコールの香り。
オルドンの夏は、遅くまで日が沈まない薄暮が続く。
その日も、星の見えぬ、妙に明るい夜だった。




