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悪女と呼ばれる公爵令嬢のことだけ、なぜか王太子は思い出せない〜忘れているはずなのに、いつだって君だけが特別だった〜  作者: はな
第四部:追還の王太子──ときどき公爵令嬢

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第45話 日記



 そこに書かれていた言葉は、記録というにはあまりにも生々しく、そして確かに“今の現象”と重なっていた。


『彼女は消えた』


 その一文が、頭から離れない。


 ——消えた。


 ただそれだけの言葉が、どうしてこんなにも現実味を持つのか分からなかった。


「……これは、誰の……」


 名前は書いていない。

 しかし全くの他人事とは思えなかった。


 正誤はわからないが、最初からしっかりと読む必要がある。

 しかし心臓がバクバクとなるばかりで、ページを捲る手を動かせない。


 最悪の想像が脳裏を駆け巡る。

 しかし時間がないのならばなおさら立ち止まっている時間はない。


 先ほどまで座っていた椅子に戻り、深呼吸を一つして、意を決して最初から読む。


『今日はレベッカと街へ出かけた。そして雑貨屋で見つけた日記をプレゼントしてくれた。なのでこれを機に書いてみようと思う。レベッカとは話しているだけで楽しかった。今までこんな風に接することができた人はいただろうか——』


 一瞬、目を瞬いた。


 先ほどまでの不穏な内容とは違う。

 どこにでもある、ただの日記だった。


 記したのは男らしい。


 そしてレベッカという女性に恋をしていたのだろう。


 だが、読み進めるうちに違和感を覚え始める。


 記されている魔道具の名前、今では存在しない研究機関、そして今はもうない昔あったと習った制度。


 どうやらかなり昔の日記らしい。

 それでも、胸騒ぎだけは消えなかった。


 まるで、この先に知りたくない答えが書かれているとでもいうように。


『研究棟でまた怒られた。闇属性が二人も揃うと研究が脱線すると呆れられた。レベッカが余計な実験を提案したせいだ。本人は笑っていたので反省はしていないだろう』


 ——闇属性。


 その言葉が目に留まった。


 今では忌避される属性だ。

 不吉だの災厄だのと好き勝手に語る者も少なくないと、それは分かってはいる。


 しかし光も闇も、ただの属性でしかない。

 そう思っているから正直その感覚はよくわからない。

 少なくとも、グレースを見てきた自分にはそうとしか思えない。


 それなのに、この時代の日記には当たり前のように闇属性の研究者が登場していて、人間関係も問題ないようだった。


 まるで今とは別の世界の話を読んでいるようだ。

 文章からは、少なくとも今ほどの嫌悪は感じられなかった。


『レベッカは優秀だ。魔力量も私より多い。悔しいが事実だ。本人に言うと調子に乗るので言わないが』


 思わず口元が緩みそうになる。

 どこにでもいる恋人のやり取りだった。


 だがページを進めるごとに、少しずつ文章が変わっていく。


『最近、レベッカの様子がおかしい。大丈夫だと言うが、大丈夫には見えない。何かを隠している』


 胸がざわつく。

 無意識に次のページを開いた。


『喧嘩になった。話してくれと言ったが、話してくれなかった。レベッカは泣きそうな顔をしていた』


 指先に力が入る。

 嫌な予感がした。

 どうしてか分からない。

 だが、続きを読まなければならない気がした。

 しかしここからの内容はまた少し変わった。


『今日、新しい研究員が配属された。同じ闇属性らしい。珍しいこともあるものだ。彼女はレベッカという名前だった』


 衝撃に息が止まりそうになる。

 先ほどまで普通に出ていたはずのレベッカとは違うのか。


 それとも——


 心臓がドクンドクンと早鐘を打つ。

 震える手でページを捲る。


『初対面のはずだが、妙だった。初めて会った感じがしなかった』


 ここですぐに、何が起きたのかわかった。

 この男はレベッカの記憶だけをなくしている。

 そしておそらく、その原因は俺と同じ——


 ひとまず続きを読む。


『レベッカは変な女だった。今日も昼食に誘われた。断ると勝手に隣へ座った。何なんだあいつは。それでも不思議と一緒にいると居心地がいいのが不思議だった』


ページをめくる。


『今日は休日だった。なぜか待ち伏せされていた。買い物に付き合わされた。意味が分からない。でも、私の好みから好き嫌いまで、彼女は、長年連れ添った人かのように的確に把握していた。何故だ。それでも不思議と不快感はない』


さらに次。


『最近レベッカは毎日いる。何かの執念を感じる。怖い。私は何か恨みでも買ったのだろうか。……だが少し楽しい』


 日記を持つ手に力が入る。

 この男の気持ちがわかってしまうからか。

 それともこの先の展開が少しずつ、わかってしまっているからか。


『笑った顔が綺麗だった。……まずい。かなりまずい。たぶん私は恋をしている』


 そこで文章が途切れる。

 またページを捲る。


『レベッカに聞いた。なぜそこまで私に構うのか、と。すると彼女は笑って『好きだからよ』と言った。会ったばかりのはずだ。好きになるほど関わっていない。そう伝えると彼女は首を振った。『私はそうは思わないわ。知り合ってからの期間なんて、好きになるのに関係ないのよ』そう言って笑った』


 ページをめくる。

 しばらくは幸せそうな日常が続いた。

 しかし急に文章がおかしくなった。


『夢を見た。誰かが泣いていた。顔は見えない』


 ——それがどういうことか、もうわかってしまった。


『今日も妙な夢を見た気がする。大切なものを忘れている気がする』

 

 すぐに気づいた。

 つい先ほどまで書かれていたはずの名前が消えている。


 ——レベッカという名前が、出てこなくなった。


 ページを遡るが、確かに先ほどまでは存在していた。


 なのに今はない。

 まるで最初から存在しなかったかのように。

 ぞくりと背筋が冷えた。


 震える指で次のページを開く。


『何かを忘れている。大切なものだった気がするのに、思い出せない。苦しい』


 呼吸が浅くなる。

 知っている。

 この感覚を知っている。

 記憶を失っていた頃の自分と同じだ。


『誰かが笑っている。顔が見えない。ただ会いたい』


 鼓動が速くなる。

 そしてさらに数ページ先に、乱れた文字でたった一行だけ記されていた。


『どうしてこんなにも苦しいのか分かった。

 全て、思い出した』



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