表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と呼ばれる公爵令嬢のことだけ、なぜか王太子は思い出せない  作者: はな
第三部:追想の王太子──ときどき幼馴染

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/49

第40話 黄昏に繋がる



 ゆっくりと時間が流れ、再び夕陽が傾き始めていた。


 空がゆっくりと色を溶かしていく。


 光でもない。

 闇でもない。


 相容れないはずの二つが、ほんの僅かな時間だけ混じり合う刻。


 ——黄昏。


 俺は、再び一人になった丘で、静かに空を見上げた。


 昨日、彼女の幻影が現れたのと、全く同じ時間だ。

 理由は分からない。

 けれど、胸の奥が、昨日と同じように激しく脈打って警鐘を鳴らしている。


「……来てくれ」


 誰に向けた言葉かも分からない掠れた呟きは、風に消えた。

 それでも待つ。

 世界のすべてを敵に回してでも、俺はここで待ち続ける。


 その時だった。

 ふいに、世界を揺らしていた風がピタリと止まった。


 世界から音が消える。

 昨日と同じだ。


 ——来る。


 次の瞬間、俺の足元から眩いばかりの淡い光の粒子が、さあっと立ち上り始めた。


「……っ」


 呼吸が止まる。

 光はゆっくりと宙に集まり、夕暮れの空の下で、俺が焦がれ続けた、たった一つの愛おしい輪郭を作り始めていた。


 ——グレース。


 焦がれ続けたその美しい姿が、世界から浮かび上がるようにそこに立っている。


 その表情に、昨日までのような鋭さはない。

 そこにあるのは、諦めにも似た静けさだけだった。


「……また来たのね、レオナルド」


 その言葉は問いではなく、確認だった。


 初めて会った日のような拒絶でもない。

 驚きでもない。


「当たり前だろ」


 俺は即座に返す。


 迷いはなかった。

 ここにいることだけは、すでに揺るぎない現実になっていた。


「ここにお前がいるなら、俺は毎日でも来る」

「……毎日、ね」


 グレースは小さく目を伏せる。

 その横顔には、かすかな影が落ちていた。


(……?)


 ふと、胸の奥で奇妙な違和感があった。

 グレースなら、こんな俺の言葉には「馬鹿じゃないの?」とそっけなく言うはずだ。


 しかし今のグレースには、その棘が欠片もなかった。


 やっと会えたことが、ただ痛いほど愛おしかった。

 その反面、普段と様子の違う彼女に不安を感じる。


「……無駄よ。私はもう、この世界のどこにもいない。ただ、あなたの執着が見せている幻かもしれないのに」

「幻だとしても構わない。苦しそうに泣く幻を、放っておけるわけがない」


 その言葉に、グレースの指先がわずかに震えた。


 風がまた一段と冷たくなり、丘の麓から夜の気配が滲み上がってくる。


 黄昏は長くは続かない。

 夜が近づくにつれてグレースの輪郭が薄れ始める。


 時間が来るのだ。


「……そう」


 かすかな声が落ちた。

 何かを言いかけて、グレースは一瞬だけ言葉を飲み込むように唇を結んだ。


「もう、ここに来なくてもいいのよ。自分の——」

「来る」


 その言葉は、拒絶というより祈りに近かった。

 しかし俺も一歩も引かず、短く、はっきりと言い切った。


「お前がここにいる限り、俺は必ず来る」

「どうして……そこまで……」


 グレースの声が揺れる。

 その揺らぎの中に、かつて確かに存在していた“何か”が滲んでいた。


 だがそれを掴む前に、夜が一気に丘へ押し寄せる。


 黒い影が、足元から光を飲み込んでいく。


 その瞬間だけ、丘の上から音が完全に消えた。

 風も、呼吸も、言葉さえも止まる。


「……さようなら、レオナルド」


 その言葉を口にした瞬間、グレースはほんのわずかだけ言葉に詰まった。

 だが、それを自分で押し殺すように視線を逸らす。


 その声は言い慣れた拒絶のはずなのに、どこか途中で途切れたように揺れていた。


 冷たいものではなくむしろ——痛いほどに優しかった。


「……明日も、来るのね?」

「来る」

「そう。……あなたは、変わらないわね」


 そう呟いた声は、どこか安堵しているようにも聞こえた。

 けれど次の瞬間には、グレースはいつものように感情を押し隠してしまう。


 引き止めようと伸ばした手は、やはり何も掴めない。

 光はすり抜け、指先は虚空を切るだけだった。


 次の瞬間、粒子は弾けるように散り、そこにはもう何も残らなかった。


 ただ、冷たい夜風だけが丘を吹き抜けていく。


 胸の奥に、抉られるような喪失感が戻ってくる。

 ただ消えた場所を見つめたまま、呼吸を整えるように一度だけ息を吐く。


「……明日な、グレース」


 誰もいない夜へ向けて、そう告げる。

 それは祈りではなく、確信だった。


 ——明日も、必ずここで会えるという。



 そうして何度も、何度もこの丘で黄昏の時を待ち、奇跡のような逢瀬を繰り返すうちに、俺はある一つの“法則”を理解し始めていた。


 会えるのは、いつもあの時間だけ。

 太陽が沈み、夜が訪れる前のほんの僅かな数分間。


 昼に願っても、夜に呼んでも、この丘はただの静かな花畑のままだった。

 

 確信が、じわじわと胸の奥で形を成していく。


(——そうか。あいつの魔力は『闇』だ。そして俺の魔力は『光』)


 なぜあの時間だけは、あいつの髪に、その指先に、触れられそうなほどの現実感が宿るのか。


 昼でも夜でもない、光と闇が互いを拒絶し合うのをやめ、ほんの一瞬だけ融け合うあの時間——黄昏だ。


 これは、幻なんかじゃない。

 現実に起きている、俺たちの魔力が起こしたものだろう。


(ここにいても駄目だ。この正体を突き止める必要がある)


 会える時間が「黄昏の間だけ」だと分かってから、俺は初めてその足で丘を降りた。


 残りのすべてを、あいつを救うための手段を調べるために。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ