↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と呼ばれる公爵令嬢のことだけ、なぜか王太子は思い出せない〜忘れているはずなのに、いつだって君だけが特別だった〜  作者: はな
第二部:追憶の公爵令嬢──ときどき公爵令息

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/53

第27話 黄金の指輪



 学園の創立記念祭の日、華やかに飾りつけられた展示室には、普段よりも多くの人が集まっていた。厳重に保管されている王家の宝具が、この日だけ特別に公開されているのだという。


 私も一応見ておこうと思い、展示室へ足を運んだ。けれど、入って間もなく、胸の奥に妙な違和感を覚える。


(……何かしら)


 闇の魔力が、何かを警戒しているようだった。


 視線を巡らせた私は、やがて一つの展示ケースの前で足を止める。そこに収められていたのは、黄金の指輪だった。王家に代々伝わり、持ち主の魔力を増幅させる宝具だと説明されている。


 けれど、私には別のものが見えていた。


 金色の輝きの奥に、どす黒い魔力が絡みついている。まるで、何かを待ち構えているかのように。


(……嘘)


 私は息を呑んだ。


 あれは、ただの魔力増幅の宝具ではない。王家の魔力へ向けられた、恐ろしく濃い呪いだ。


 いつ、誰が仕込んだものなのかは分からない。けれど、あの呪いが宝具に紛れていることだけは間違いなかった。


 そして、そんな指輪へ近づいている人物がいた。


 金色の髪。深海色の瞳。


 見間違えるはずもない。レオナルドだった。


 彼は指輪を見つめながら、ゆっくりと手を伸ばそうとしている。その表情には、どこか不自然なほどの集中が浮かんでいた。


 ——駄目。


 胸の奥が凍りつく。


 あの指輪に触れれば、彼の光属性の魔力が呪いへ取り込まれるかもしれない。最悪の場合、魔力回路そのものが傷つく可能性だってある。


 せっかく元気になったのに。私を忘れて、ようやく何の憂いもなく生きられるようになったのに。


 そんなものに、また未来を奪われるなんて。


 絶対に嫌だった。


 私は考えるより先に、彼と指輪の間へ割り込んでいた。


「──汚い手で触らないでくださる?」


 冷たく言い放つと同時に彼の手を遮り、展示ケースから指輪を取り上げる。


 間に合った。少なくとも、レオナルドが呪いへ触れることだけは防げた。


 そう思ってほっとしかけた、そのときだった。


「グレース・アシュフォード……」


 名前を呼ばれ、心臓が跳ねる。


 顔を上げると、レオナルドが呆然と私を見つめていた。あの夜、最後まで私の名前を呼ぼうとしてくれた人。


 けれど今、その瞳にかつてのような親しみはない。


 ……そうよね。


 私はもう、あなたにとって何でもない人間なのだから。


 込み上げかけた感情を押し殺し、私は指輪を持ち上げた。


「気に入ったわ。……私の方が、この輝きに相応しいと思いませんこと?」


 できる限り傲慢に微笑みながら、彼の目の前で指輪を嵌める。


 ——っ!


 その瞬間、冷たいものが指先から流れ込んできた。指輪の奥に潜んでいた呪いが、私の魔力を捉えようとしている。


 私は即座に闇の魔力を流し込み、呪いの進行を押しとどめた。ぱちり、と黒い火花が散る。


 痛い。冷たい。


 指先から腕の奥へ、鋭い痛みが駆け上がってくる。けれど、ここで顔を歪めるわけにはいかなかった。


 レオナルドに気づかれれば、きっと何が起きたのか確かめようとする。そうなれば、せっかく遠ざけた指輪へ、再び彼の注意を向けてしまう。


 私は唇の端を持ち上げ、何でもないことのように微笑んだ。


「……お前が触れていいものじゃない。……軽々しく扱うな」


 レオナルドの声だった。冷たく、突き放すような声。


 分かっている。王家の宝具を無断で持ち出したのだから、当然の反応だ。彼には、私がただの強欲な悪女に見えているのだろう。


 それでいい。


 そうなるように、私が仕向けたのだから。


 ……なのに。


 胸の奥が、指輪の呪いよりも鋭く痛んだ。


 以前のレオナルドなら、私の様子がおかしいことに気づいただろう。顔を覗き込んで、何があったのか尋ねてくれたはずだ。そしてきっと、私が何を隠していても、最後には手を伸ばしてくれた。


 けれど今は、違う。


 私は痛みを隠したまま、あっさりと頷いてみせた。


「ええ、そうですわね」


 レオナルドの瞳が、わずかに揺れた気がした。けれど、もう見ていられなかった。


 私は指輪を嵌めたまま、彼へ背を向ける。


 呼び止められたら、どうしよう。今度こそ、何かを問いただされたら。


 そんなことを考えながら歩いたけれど、背後から声がかかることはなかった。


 ……これでいい。


 王太子に相応しくない、強欲な悪女。あの人にとって、私はそれでいい。


 ただ、人混みに紛れて展示室を出るまで、右腕を襲う痛みは少しも治まらなかった。


◇


 廊下の角を曲がり、レオナルドの視界から完全に外れたところで、私は壁へ手をついた。


「……っ、あ……!」


 堪えていた声が漏れる。


 指輪を嵌めた左手から、黒い痣が腕を這い上がっていた。凍りつくような冷たさと、魔力回路を内側から引き裂かれるような激痛が、全身を駆け巡る。


 私は奥歯を噛み締め、指輪へ魔力を流し込み続けた。


 展示室で流し込んだ闇は、呪いを押さえつけていただけだ。まだ、完全には消えていない。


 このまま指輪を戻せば、また誰かが触れてしまう。そして、次に触れるのがレオナルドだったら——。


「……そんなの、絶対に……っ」


 私は壁に肩を預け、残っていた魔力を指輪へ集中させた。


 呪いが抵抗するたびに、左腕が激しく痛む。それでも、少しずつ黒い魔力を削り取っていく。


 もう少し。あと少しだけ。


「……グレース!」


 聞き慣れた声が響いた。


 顔を上げると、エドガーがこちらへ駆け寄ってくるところだった。


「お前、何を——」


 彼の視線が、私の左腕で止まる。


「……っ、何だ、その腕……!」


「……大丈夫、よ」


「どこが大丈夫なんだ!」


 珍しく声を荒らげられたけれど、返事をする余裕はなかった。今、魔力を途切れさせるわけにはいかない。


 エドガーもそれに気づいたのか、私の手元へ視線を落とした。


「……その指輪、まさか」


 私は小さく頷く。


「……呪いが、かかってるの」

「呪い?」

「レオナルドが……触れようとしてたから……」


 エドガーの表情が強張った。


 私の闇が、指輪の奥に残っていた呪いへ食い込んでいく。最後の抵抗のように、黒い魔力が腕を締めつけた。


「……っ!」

「グレース!」


 呼ばれても、止められなかった。ここで手を離せば、すべてが無駄になる。


 私は残った魔力を一気に流し込んだ。


 指輪の奥で、何かが砕けるような感覚がした。次の瞬間、まとわりついていた黒い気配が、ふっと消える。


 そこに残ったのは、ただの金色の指輪だった。もう、先ほどまでの禍々しい魔力は感じられない。


「……終わった……」


 そう呟いた途端、膝から力が抜けた。床へ崩れ落ちかけた身体を、エドガーが抱きとめる。


「……馬鹿か、お前は……!」


 ひどく怒った声だった。


「呪具だと気づいてたなら、なぜ俺に言わなかった! 事前に分かっていれば、他の対策だって……!」


「……無理、よ……」


 私は息を整えようとしたけれど、うまくいかなかった。


「レオナルドが……手を伸ばしてたの。……間に合わなくなる、ところだったから……」


 エドガーは何も言わなかった。ただ、私の左腕を見つめる表情が、ますます険しくなる。


「……あの人の魔力回路に、もしものことがあったら……嫌だもの」

「……っ」

「もう、あの人から……何も奪いたくないの」


 ようやくレオナルドは、元気になった。私を忘れて、以前のように生きている。


 あの人が積み上げてきたものも、これから手にするはずの未来も、もう二度と私の目の前で壊れてほしくなかった。


「……お前の頭の中には、あいつのことしかないのかよ」


 エドガーが、絞り出すように言った。


 私は顔を上げる。彼は唇を噛み締め、ひどく悔しそうな顔をしていた。


「……壊れていくお前を、見ているしかできない俺の気持ちはどうなるんだよ」


 その言葉に、思わず目を瞬く。


 エドガーはいつも冷静で、私がどれだけ無茶をしても、最後には呆れながら助けてくれる人だった。そんな彼が、今は怒っている。


 ……私のために。


「……ごめんなさい」


 そう答えると、エドガーは苦しそうに顔を歪めた。


「謝ってほしいわけじゃない」

「……分かってる、けど……」


 今は、それしか言えなかった。


 私は彼に支えられながら、指輪へ視線を落とす。呪いは消えている。あとは、元の場所へ戻せばいい。


「……これ、展示室に返してきて……」


 エドガーが眉をひそめた。


「……今からか?」

「ええ。……私は、飽きたから捨てたって……そう伝えて」


 少しだけ笑ってみせる。


「王家の宝具を勝手に持ち出して、飽きたら放り出す……。完璧な悪女でしょう?」

「……お前なぁ」

「『没落令嬢セシリアの憂鬱』でも、悪女は王家の宝を盗んで不敬罪になるのよ……」

「だからって、参考にするところがおかしいだろ……!」


 呆れた声だった。それでも私は、少しだけ満足していた。


 レオナルドの目には、私がただの強欲な女として映ったはずだ。彼は、私が何をしていたのか知らない。


 知らなくていい。


 ……あの人が、無事なら。


「……完璧な悪女ムーブだわ……」


 何とかそう呟くと、エドガーは深いため息を吐いた。


「……本当に、馬鹿な女だ」


 彼の手が、私の額に滲んだ汗をそっと拭う。その手のひらが、ひどく温かかった。


「いいから、もう喋るな。お前のくだらない悪女ごっこには、最後まで付き合ってやる」

「……くだらないとは、失礼ね……」

「こんな状態でも言い返すのかよ」


 エドガーは呆れたように言いながら、私を横抱きに抱え上げた。


 恥ずかしいから下ろしてと言いたかったけれど、もう声を出す気力も残っていなかった。彼は人目を避けながら、私を保健室へ急いで運んでいく。


 遠ざかる意識の中で、私はそっと目を閉じた。


 ——レオに、傷がつかなくてよかった。


 それだけが、胸の奥に残っていた。


◇


 翌日、指輪は展示室へ戻された。もちろん、もう呪いは残っていない。


 エドガーが取り計らってくれたおかげで、私が「飽きたから捨てた」という形になったらしい。


 それを聞いたレオナルドは、


『どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ』


 と、吐き捨てたそうだ。


 エドガーからそう報告されたとき、私は思わず胸を押さえた。


 ……そう。


 嫌ってくれたのね。


 これなら、きっと大丈夫。もう、私に関わろうとは思わないでしょう。


 そう考える一方で、あの人が指輪へ手を伸ばしたときの表情が、どうしても気になっていた。何かに引き寄せられているような、あの不自然な眼差し。


 呪いが消えた今となっては、確かめようもない。ただ、あの指輪に二度とレオナルドが触れることはない。


 それだけは、確かだった。


◇


 それから、レオナルドとは一度もまともに言葉を交わせないまま、一年生は終わった。


 廊下ですれ違っても、彼は私を避ける。私もまた、彼と目が合えば冷たい顔をして通り過ぎるようになっていた。


 これでいい。もう、余計な接触はしない。


 私が悪女でいる限り、あの人は私を遠ざけてくれる。


 ……そう、思っていた。


 けれど、進級して間もなく発表された、二年生最初の合同演習の班分けを見た瞬間、私は思わず目を疑った。


 掲示板に貼り出された名前の中に、レオナルドと私、そしてエドガーとソフィアの名が並んでいたのだ。


 よりにもよって、同じ班だった。


(……最悪だわ)


 合同演習となれば、嫌でも一緒に行動することになる。これまでのように、遠くから嫌われているだけでは済まない。


 私は悪女の仮面を被り直すように、そっと背筋を伸ばした。


 隣では、同じ掲示板を見ていたエドガーが、小さく息を吐く。


「……面倒なことになったな」


 その横顔は、わずかに強張っていた。


 私は小さく頷く。


 ——今度こそ、ボロを出すわけにはいかない。


 あの人が私を忘れたまま、幸せに生きていけるように。


 私は、もっと完璧な悪女にならなくてはならないのだから。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。