↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女と呼ばれる公爵令嬢のことだけ、なぜか王太子は思い出せない〜忘れているはずなのに、いつだって君だけが特別だった〜  作者: はな
第二部:追憶の公爵令嬢──ときどき公爵令息

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/53

第19話 二人だけの秘密だった

グレース視点に戻ります。



 翌日、エドガーは何事もなかったかのように、再び姿を現した。


 アシュフォード公爵家の離れへ戻る途中、隠し通路の出口から出てきた彼を見つけ、私は思わず足を止める。


「……また来たの?」


 昨日、あれだけ釘を刺したというのに。


 けれどエドガーは悪びれる様子もなく、肩を竦めた。


「様子見だ」

「それを監視って言うのよ」

「違う」


 返事は即答だった。


 何が違うのかと問い詰めようとしたところで、背後からレオナルドが口を挟む。


「来るなと言ったはずだが」

「聞いていない」

「聞け」

「無理だ」


 短いやり取りなのに、妙に息が合っていた。


 言葉遣いは雑で、互いに遠慮もない。王太子と側近候補というより、昔からこうして言い合ってきた者同士のような空気が漂っている。


 ……変な関係。


 そう思いながら、私は小さく息を吐いた。


「あなたたち、うるさいわ」

「すまない」


 レオナルドが即座に謝る。


 その様子を見て、エドガーがわずかに目を細めた。


「……お前、いつもそんな感じなのか」

「何がだよ」

「いや、別に」


 エドガーはそれ以上何も言わなかったが、何かに納得したような顔をしている。


 一方、レオナルドは気に入らなさそうに眉を寄せた。


 私は二人を見比べ、もう一度ため息をつく。


 どうやら、昨日で終わる話ではなかったらしい。


◇


 それからというもの、これまで二人きりだった時間に、少しずつエドガーが混ざるようになった。


 最初は「様子見だ」と言い張っていたくせに、気づけば当然のように姿を現す。追い返しても来るし、無視しても帰らない。


 ただ、レオナルドのように勝手に話しかけてくることは少なかった。


 彼は少し離れた場所に腰を下ろし、私たちのやり取りを黙って眺めていることが多い。


 その視線が、最初のうちはどうにも落ち着かなかった。


 大聖堂で魔力を鑑定されて以来、私は何度も似たような目を向けられてきたからだ。


 何をするのか。

 何ができるのか。

 どれほど危険なのか。


 私自身ではなく、私の中にある魔力を確かめようとする目。


 エドガーも、そういう人間なのだろうと思っていた。


 だからある日、私は真正面から尋ねた。


「で、何をしに来てるの」


 エドガーは、読んでいた書類から顔を上げた。


「観察だ」

「嘘ね」

「……即答か」

「本当に観察だけが目的なら、もう十分でしょう。何日通うつもりなの?」


 エドガーはしばらく黙っていたが、やがて書類を閉じた。


「君は危険人物とされている」

「そう」

「だが、実際は違う」


 その言葉に、私は思わず彼を見つめた。


 昨日の一件で、何か考えが変わったのだろうか。それとも、別の理由で警戒するようになったのか。


 私は答えを急かさず、続きを促した。


「何が違うのかしら」

「合理的だ」

「…………」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。


 隣では、レオナルドが吹き出しかけ、慌てて咳払いをしている。


「……面白いこと言うのね」

「事実だ」


 エドガーは真顔だった。


 危険でも、不吉でもなく、合理的。


 そんなふうに評されたのは、初めてかもしれない。


 悪い気はしなかった。けれど、それだけで安心できるほど、私は人を信じるのが得意ではなかった。


「なら、質問」


 私は一歩だけ距離を詰めた。


 エドガーがわずかに身構える。


「あなたの『合理』は、誰のため?」


 責めているわけではなかった。


 この人が何を基準に判断し、何を守ろうとしているのか。ただ、それを知りたかった。


 短い沈黙の後、エドガーは低い声で答えた。


「……レオナルドのためだ」


 あまりにも迷いのない返事に、私は思わず小さく笑ってしまった。


「なら、不合格ね」

「……何?」

「前提が間違ってる」


 エドガーの眉が寄る。


 私はそのまま、隣に座るレオナルドへ視線を向けた。


「私は『危険』じゃない。私が危険になるかどうかは——」


 そこで、ほんの少しだけ間を置く。


「この人次第よ」

「……俺?」


 レオナルドが目を瞬かせた。


「ええ」


 何が言いたいのか分からない、とでも言いたげな顔だった。


 そういうところは、本当に変わらない。


 私はそれ以上説明しなかった。


 エドガーもすぐには口を開かず、しばらく私とレオナルドを見比べていた。


 やがて、小さく息を吐く。


「……なるほどな」

「何が?」


 レオナルドが尋ねる。


「お前は黙ってろ」

「なんでだよ」


 また始まった。


 私は呆れて本を開き直したが、口元が緩むのを止められなかった。


◇


 三人で過ごす時間が増えても、エドガーは相変わらず素直ではなかった。


 来る理由を尋ねれば「監視だ」と言い、レオナルドが文句を言えば平然と言い返す。


 けれど、いつの間にか、彼がいることに私も慣れていた。


「また来たのか」

「邪魔か?」

「邪魔だ」

「ふふっ、素直ね」


 思わず笑うと、レオナルドが不満そうにこちらを見た。


「……減らせないのか」

「減らせないな」


 エドガーは即答した。


 レオナルドの眉間に、さらに皺が寄る。


「諦めなさい」


 私がそう言うと、今度は二人揃ってこちらを向いた。


「なぜ」

「あなたはもう関わってるから」


 エドガーの問いに答えたつもりだったのに、レオナルドまで不服そうな顔をした。


 まったく、どちらも面倒な人だ。


 けれどエドガーは、私の言葉を否定しなかった。


 少し考えるように視線を落とし、それから何事もなかったように腰を下ろす。


 最初の頃、彼の視線は鋭かった。


 こちらが何かを隠していないか、危険な行動を取らないか、隙なく見定めようとしているのが伝わってきた。


 けれど最近は、少し違う。


 レオナルドと言い合う私を見て、呆れたように息を吐くことがある。私が本へ目を落とせば、邪魔をせずに隣で自分の書類を開く。


 気づけば、私も彼の前で必要以上に身構えなくなっていた。


 何かを尋ねられても、答えたくなければ答えない。


 気に入らないことを言われれば、遠慮なく言い返す。


 それでもエドガーは、次に会ったとき、以前と変わらない態度で話しかけてくる。


 ……もしかして、これが『友達』というものなのだろうか。


 レオナルドとは違う。


 家族とも、離れの使用人たちとも違う。


 名前を呼び、くだらないことで言い合い、少しずつ相手のことを知っていく。


 そんな関係に、私が加わっていてもいいのだろうか。


 答えは分からない。


 ただ、エドガーが来るようになってから、レオナルドとの時間がつまらなくなったわけではなかった。


 むしろ、二人が揃うと妙な言い合いが始まるので、退屈する暇がない。


 私はまだ、人との繋がりにどんな名前をつければいいのか、ほとんど知らなかった。


 けれど。


 ——悪くないわね。


 そう思いながら、足元に咲くスイートピーへそっと触れた。


◇


 その日の帰り際、私はふと思った疑問を口にした。


「……ねえ。あなたたち、仲いいの?」

「違う」

「違うな」


 綺麗に声が重なった。


 私は思わず吹き出しそうになる。


「……息ぴったりじゃない」

「違うって言ってるだろ」

「同意する」

「ほら」


 二人は互いに顔を見合わせ、それから揃って嫌そうな顔をした。


 なんだか、見ていて面白い。


「じゃあ何?」

「……側近候補?」

「そんなところだ」


 レオナルドの答えに、エドガーが頷いた。


 けれど、どう見てもただの主従には思えなかった。


 遠慮なく言い返せるのも、相手が何を考えているかを少しの仕草で理解できるのも、長く一緒に過ごしてきたからなのだろう。


 私が知らない、二人だけの時間がある。


 そのことを、私は少しだけ羨ましいと思った。


「……そろそろ戻るぞ」


 エドガーが立ち上がる。


「もう?」


 思わず尋ねると、レオナルドがこちらを見た。


「仕事がある」

「王太子ね」

「一応な」

「一応って何よ」


 呆れて笑うと、レオナルドもわずかに表情を緩めた。


 エドガーは先に歩き出しかけたが、少し離れた場所で足を止める。


「……グレース」


 呼ばれて、私は振り向いた。


「何?」

「また来る」


 思いがけない言葉だった。


 返事に迷っていると、隣からレオナルドが口を挟む。


「来なくていいぞ」

「お前には聞いてない」

「俺の話でもあるだろ」

「……あなたたち、最後までうるさいわね」


 私がため息をつくと、エドガーはほんの少しだけ笑った。


 それを見て、私も小さく頷く。


「……勝手にすれば」


 初めてレオナルドにそう言った日のことを、ふと思い出した。


 追い返したくて口にしたはずなのに、また来てほしいと思ってしまう。


 あの頃の私は、そんな自分の気持ちに戸惑っていた。


 今も、少しだけ似ている。


 ただ、違うこともあった。


 誰かが来るのを待つ時間が、もう一人分増えたのだ。


◇◇◇


 グレースとエドガーが言葉を交わす様子を眺めながら、レオナルドは静かに視線を伏せた。


 エドガーがここへ来るようになる前、この場所を知っていたのは自分だけだった。


 丘に咲く花を眺めながら、呆れたようにため息をつく顔も。


 皮肉を言いながら、わずかに口元を緩める瞬間も。


 誰にも見せないように気を抜き、柔らかく笑う姿も。


 そのすべてを、自分だけが知っているはずだった。


 それなのに最近、グレースは以前よりよく笑うようになった。


 エドガーに呆れ、時には諦めたように肩を竦め、ほんの少しだけ楽しそうに笑う。


 他人を遠ざけていた彼女が、少しずつ誰かを受け入れ始めている。


 本来なら、喜ばしいことだ。


 しかも相手はエドガーだ。長年の付き合いがあり、能力も人柄もよく知っている。側近として、いずれ自分の傍に置くことになる人間でもある。


 余計な心配をする必要など、どこにもない。


 ……頭では、分かっていた。


「……また来る」


 そう言ったエドガーに、グレースが少し驚いた顔をした。


 それから、あの懐かしい言葉を返す。


「……勝手にすれば」


 レオナルドは思わず眉を寄せた。


 それは、初めて会った日に自分へ向けられた言葉だった。


 何度追い返されても会いに行き、ようやく受け入れてもらえたときのことを、今でも覚えている。


 あのときのグレースは、もっと警戒していた。


 なのに今は、エドガーにまで同じことを言う。


 ……面白くない。


 自分だけが知っていた場所を、誰かが知っていく。


 自分だけに向けられていた表情を、別の誰かも見るようになる。


 彼女が笑うたびに嬉しいと思う気持ちは、確かにある。


 それでも、エドガーへ向けられた笑顔を見ると、胸の奥がわずかにざわついた。


 そして何より気に入らないのは、当のエドガー自身が、その視線の意味に気づいていないことだった。


 無意識にグレースを目で追い、彼女が何か言えば反応する。自分へ向けられた言葉ではないと分かっていても、会話に耳を傾けている。


 長年付き合ってきたからこそ、分かる。


 あいつは、あんなふうに誰かを気にかける男ではなかった。


 それなのに、本人はまだ、ただの様子見のつもりでいるらしい。


「……レオナルド?」


 グレースに呼ばれ、レオナルドは顔を上げた。


「どうしたの? 難しい顔をして」

「……別に」

「本当に?」

「ああ」


 レオナルドはいつものように笑い、彼女の隣へ歩み寄った。


 グレースは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は尋ねてこなかった。


 こんな感情を抱いていることなど、彼女はきっと気づいていない。


 そして、おそらく。


 エドガーの方も、まだ。


 レオナルドは、二人が並んで歩く姿を一瞥し、小さく息を吐いた。


 ——本当に、面白くない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。