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悪女と呼ばれる公爵令嬢のことだけ、なぜか王太子は思い出せない  作者: はな
第二部:追憶の公爵令嬢──ときどき公爵令息

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第15話 明日も



 ——本当に来た。


 胸の奥が、変に落ち着かなかった。


 昨日と同じ場所。

 公爵家の敷地外れにある、あの抜け道の出口。


 そこに、金髪の少年は当然みたいな顔で立っていた


「……本当に来たの?」


 驚きを隠したつもりだったのに、口からは勝手に言葉が零れてしまう。


 レオナルドは不思議そうに瞬きをしたあと、当然だろと言いたげに肩を竦めた。


「来るって言っただろ」


 まるでそれが約束だったみたいな口ぶりだった。


「……暇なの?」


 少し間を置いてから、そう言ってしまった。


「失礼だな」

「普通、来ないわよ。こんなところ」

「俺、普通じゃないからな」


 少しだけ笑いながら返され、思わず眉を寄せる。


 昨日、あれだけ警戒して。

 攻撃までした相手なのに。


 どうしてこんなふうに平然としていられるのか、理解できなかった。


「……今日は撃たないのか?」

「撃ってほしいの?」

「遠慮しとく」


 そんな軽口まで交わせていることに気づいて、胸の奥が妙に落ち着かなくなる。


 昨日より、距離が近い。


 その事実を意識した瞬間だった。


 草むらの奥で、小さな物音がした。


「……?」


 視線を向けた途端、身体が反射的に動く。


「……来ないで」


 鋭く制した声に、レオナルドが目を瞬かせた。


「どうした?」

「いいから、動かないで」

「……わかった」


 さっきまでの軽い調子を引っ込め、素直に足を止める。


 私はそのままゆっくり草むらへ近づき、そっと葉をかき分けた。


 そこにいたのは、小さな白いウサギだった。

 身体を丸め、怯えるように震えている。


「……昨日も」


 思わず、呟きが漏れる。


「ここにいたのよ。この子」


 背後でレオナルドが息を呑む気配がした。


「……だから、あんなに警戒してたのか」


 胸がどくりと鳴る。

 気づかれたくなかった、と思った。

 そんな理由で警戒していたなんて、知られたくなかった。


「……別に。ただ邪魔されたくなかっただけよ」


 誤魔化すように言うと、レオナルドはそれ以上何も聞かなかった。


 理解したわけでも、同情したわけでもない。

 ただ、そのまま受け入れた。


 ——否定されなかった。


 それだけのことが、妙に胸に残った。


 そっとしゃがみ込み、震えるウサギへ手を伸ばす。

 びくり、と小さな身体が強張った。


「大丈夫よ……何もしないわ」


 できるだけ優しく声をかける。


 逃げ出す力も残っていないのか、ウサギはその場で小さく丸まったままだった。


「……触るのか?」

「……ええ」

「噛まれるかもしれないぞ」

「それくらい平気よ」


 ゆっくり抱き上げると、驚くほど軽い。

 壊れてしまいそうなくらい、軽かった。


「……怖いわよね。でも、大丈夫」


 無意識に言葉を零していた。

 それが誰へ向けたものなのか、自分でも分からない。


「……お前」


 ふいにレオナルドが近づいてくる。

 その存在を忘れていたことに気づき、思わず顔を上げた。


「なに」

「そういう顔もするんだな」


「……は?」


 意味が分からず睨み返す。


「どういう意味よ」

「昨日と全然違う」

「……うるさい」


 思わず顔を背ける。

 見られたくないものを見られた気がした。


 ——こんな顔、誰にも見せたことがなかったのに。


 するとレオナルドは、小さく笑いながらその場へしゃがみ込む。


「手、貸す」

「え?」

「傷、見せてみろ」


 意外な言葉に、思わず目を瞬かせた。


「……何かできるの?」

「多少はな」


 そう言って差し出された手は、不器用そうなのに不思議と優しかった。


 淡い光が傷口を包み込み、滲んでいた赤が少しずつ薄れていく。


「……光魔法?」

「まあな」


 柔らかな光に包まれるたび、ウサギの震えが少しずつ落ち着いていく。


「……すごい」


 気づけば素直に声が漏れていた。


「そうか?」

「ええ。本当に」


 こんなふうに誰かが傷を癒すところなんて、初めて見た気がした。


 その瞬間だった。


 腕の中のウサギが急に暴れ出す。


「っ!」


 驚いて取り落としそうになり、とっさに追いかける。


 けれど足元は悪く、身体が大きく傾いた。


「危ない!」


 レオナルドの声が聞こえた次の瞬間、強い力で腕を引かれる。


「——っ」


 倒れるはずだった身体は、そのまま誰かに支えられていた。


「……何やってんだ」


 すぐ近くで呆れた声が落ちる。


 顔を上げれば、思った以上に近い距離にレオナルドの顔があった。


「……離して」


 反射的にそう言ったものの、昨日みたいな鋭さはなかった。


「怪我してないか」

「……してない」


 短い沈黙が落ちる。


 不思議なくらい嫌じゃなかった。


「……ありがと」


 小さく呟くと、レオナルドが少しだけ目を見開いた。


「え?」

「今、助けてくれたでしょ」


 すると彼は、どこか意外そうに笑う。


「……ちゃんと礼、言えるんだな」

「……どういう意味よ」


 また睨み返す。


 けれど、その空気はもう昨日とはまるで違っていた。


「……ねえ」

「ん?」

「……明日も、来るの?」


 聞くつもりなんてなかった。


 なのに、気づけば口にしてしまっていた。


 レオナルドは少しも迷わず頷く。


「来る」


 その答えに、胸の奥が小さく熱を持つ。


「……そう」


 零れた声は、自分でも驚くほど穏やかだった。


 なぜだか少しだけ、安心してしまった。


 ——その日から。


 誰にも踏み込まれなかった世界へ、彼は当たり前みたいな顔で入り込んできた。


 孤独だった毎日に、少しずつ色が差し込んでいく。


 まるでそれが、最初から決まっていたことみたいに。





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