37 薔薇部隊
「あーうめぇなぁ」
サクッとした衣とシャキッと鳴る食感の蓮根を食べた。次から次へと口に入れてお腹を満たす。
でもあたし以外は蓮根を食べ慣れていないようで、レオルドはリスみたいにちまちま食べている。
ライリとティズは一つ食べただけで、ニックスなんて手もつけない。
だから向かい側にいるニックスの胸ぐらを掴み突っ込んでおいた。
口に入れたなら、満足だ。
あと白米があれば、いいのに。
「一日休んだだけでもう治ったのか、絶好調だな」
ティズが呆れ半分に言う。超眠ったおかげで怠さも熱もなくなった。
だから今は空腹を満たしたくてしょうがない。白米……。
いつもの喧騒に満ちていた食堂が、不意に静かになる。
この現象が起きる原因はあの男の登場だ。
気にしないようにしてジャガイモを食べる。
「またテンプラか、エリーゼ」
ゆっくり歩み寄るデュランが話し掛けてくる。
狙いは天ぷらか!?
直ぐ様腕を伸ばして皿に盛った天ぷらを守る。
焦げた肌色の持ち主のデュランを見上げて気付く。
奴の金色の瞳は天ぷらではなく、あたしを真っ直ぐ見下ろしていた。
狙いはあたしかっ!?
「エリーゼの就任祝いだろう? 混ぜてくれ、オレも祝いたい。そこの席、くれ」
「やだ」
あたしの右隣に座るレオルドの後ろに立つと、デュランはレオルドの席を譲れと言う。
だがレオルドは即答で一蹴した。
振り返らないままレオルドは黙々と食べていて、デュランは口元に笑みを浮かべているが狂気色の瞳を向ける。
「おい、あたしの部下だ。手を出すなよ、お前もな」
殺し合いが始まりそうで慌てて天ぷらを守るために伸ばしていた手をレオルドの肩に回した。二人に釘をさす、デュランにもレオルドにも。
咄嗟に出た"あたしの部下"って言葉には、自分でも驚く。
なんですんなり出たんだろう。
肩に腕を回されたレオルドは目を見開くと、にんまりと寒気を感じるご機嫌な笑みを浮かべた。
顔を近付けてきたから、額を額を押し抜ける。
「へーえ? エリーゼ、もう隊長面が板についたのか」
「……」
大きな手があたしの左肩に置かれた。怒ってるのだろうか。
いや、怒ってるだろうな。
あたしを部隊に入れられなかったどころか、レオルドを横取りしたんだから。
この再結成に異論があるならコイツだ。
欲しい人材は手に入れたがる奇人収集が趣味の貪欲黒豹。
「エリは素質があるんだ」
フォローなのか、ニックスの隣に座るライリが口を挟んだ。
「嬉しくない」とあたしは返す。
特殊部隊の隊長の素質があってたまるか。
「なにもオレはエリーゼの隊長就任に反対してない」
「そりゃ残念だ……」
デュランまでも反対してない。非常に残念だ。
ぐり、と親指が肩を揉む。……痛いんだが。
「隊長同士、仲良くしようぜ?」
頭の上に低い声がかけられる。ゾクゾクした。悪寒だ。
なんか企んでやがる。
なんか企んでやがるぞ、この黒豹。
仲良くなんて、してたまるかっ!
あたしはライリに救いを求めた。
その前にレオルドが手を伸ばしてデュランの手を振り払った。
そのせいでデュランはまたレオルドを見て冷たい笑みで睨む。レオルドも凍り付かせるような氷の瞳で睨んだ。
お前らは少し仲良くなれよ。
「明日の朝は隊長会議だ、出るよな」
「不馴れだからオレも一緒に出る」
早朝には各部隊の隊長が集まって会議をする。ライリから聞いていた。
ちょっと面倒で嫌だが、行くしかない。
というか、デュランも会議とかに参加するのか。
物凄く意外なんだけど。
会議の内容は、トラブルの報告だったり見回り担当の変更報告だったりそんな程度らしい。
敵国はあたしを狙っているから、街への侵入に目を光らせている。それに関しての警備などはあたしも知るべきだ。
ピンクキャットが目撃されたらあたしが取っ捕まえて恨みを晴らしてやる。
あたしが父親と離ればなれになったのはやつらのせいだ!
「おい、エリ、大丈夫か?」
「全然問題ないね!」
ティズに問われてすぐに返した。
そうしたら握っていたコップの中身が噴火してあたしの顔にかかる。
ティズが言ったのは、これだった。無意識に魔力を練っていた。
「水も滴るいい女」
「煩い、引っ込め、あっち行けっ!」
笑うデュランを追い払おうと怒鳴る。
「いいじゃねーか、クロキ部隊。仲良くしようぜ」
「クロキ部隊? 嫌だな……名前変えようぜ」
通常部隊は番号だけど、特殊部隊は隊長の名前をつける。
自分の名前の部隊なんて呼ばれたくない。
「薔薇だ、薔薇。薔薇部隊、薔薇特殊部隊にしよう。隊長命令、決定」
隊長の権限で強制的に決めた。
反論はなく、ただ皆の目はあたしの首につけた薔薇のアクセサリーに注目する。
ちょっとした自虐だ。
あたしは魔女の生まれ変わりだし、この世界では薔薇は魔女の象徴。
「そりゃいい。オレの部隊も変えようか、何がいい?」
「黒豹でいいんじゃね」
それに触れようとするデュランの手を叩き落として適当にあしらった。
夕食を済ませたあとは部屋で直ぐに休んだ。
メデューサが帰ってきた様子はない。
まだ食事から帰ってないようだ。何処で何を食ってるんだか……。
翌朝はいつもより早くティズに叩き起こされて、隊長会議へ出席した。
顔見知りだから特に自己紹介もせずに各自報告。
今日はライリがお手本として報告した。
特段重要な話し合いもなく解散。
終えたら次は部隊内会議。
ライリとあたしの立場が変わったから、色々作戦内容も変わる。
作戦Aや作戦B、ライリは指令を出す立場だったから今度はあたしがそのポジションになる。だからあたしが指示しやすいフォーメーションやらなにやらに変えなくてはいけない。
面倒臭かった。
「フォーメーション変えなくても十分じゃね? 上手くやれると思うんだけど」
「エリの立ち位置だと指示しにくいだろ」
「通信機使えばいい。というか通信魔法。あったよな、ティズ。そんな魔法」
「魔術だ」
指示が届かないことを懸念してライリがこだわるが、解決法がある。
ピアスにでも魔術をかければ、無線機と同じく通信が可能だ。
あたしが司令塔だから、あたしが魔力を操り指定した方へ声を届けられる。
「ピアスは薔薇にする?」
「薔薇特殊部隊だからいいんじゃね」
ニックスが冗談みたいに笑う。ま、いいんじゃね。なんでもいいけど。
「ほら、いつものフォーメーションでいいじゃん」
「レオルドはどうするの」
「……」
完全にあたしの真後ろにいるレオルドが加わることを忘れていた。
後ろを振り向けば退屈そうに座っているレオルドは「エリのそば」と要求してきた。
絶対に断る。
だがしかし、どんなに言っても離れなさそうだ。コイツの目的はあたしのそばにいることだ。
「…………とりあえず、訓練しようぜ」
「は? 作戦会議は?」
「隊長命令。先ずは訓練。レオルドと戦いながら考えるから」
協調性あんまないし、単独を好むコイツに連携プレーなんて無理だろう。
……まぁ、あたしと一度やったけれども。
ニックス達の戦い方なら嫌ってほど知ってるから、レオルドの戦い方も知ることにした。
剣を持てば、レオルドは好戦的な笑みを浮かべて立ち上がる。やる満々。
「ティズ。レオルドと組むか?」
「…………」
「……」
同時にペアを組ませて相性を確かめようと思ったのに、ティズは露骨に嫌がる顔をする。
お前正気か、といわんばかりの顔だ。
じゃあニックスと、顔を向けたら直ぐ様逸らされた。
どんだけ嫌いなんだよ。
ビュッ。
剣が飛んできて咄嗟に避ける。細くて白い刃。
レオルドだ。
「まだ開始って言ってっ」
「エリ!」
やっぱり協調性がねぇ!!
おっ始めるレオルドから距離を取ると、横からライリが剣を投げ渡してきた。
いや、止めろだし!
「病み上がりで鈍ってると、隊長失格だぜ」
「元々合格じゃねぇし!」
右から来る刃を受け止めれば、鞭みたいにしなった刃が今度は左から来た。
デュランはよくコイツの隊長を務められたな!?
一度は勝負に勝てたが、ルールなしじゃやっぱ負けるだろうな。
そう思いつつもレオルドの斬撃を受け止める。
一撃一撃、容赦ない。
真剣なのに、躊躇の欠片もない。コイツは暗殺部隊向きだと思うんだけど。
真上で剣を受け止めた瞬間にレオルドの肘を蹴り、バランスを崩す。倒れたところで首に当てて負けを認めさせようとしたけれど、先にレオルドは転がり避けた。
「レオルド、遊びじゃっ」
「楽しい」
これ楽しい遊びと言うわけか。
レオルドは斬撃を次から次へと叩き込む。もうあたしがバランスを崩す暇を与えないように。
これからこれに付き合わなきゃいけないと思うと脳の血管が破裂しそう。
ガキン、キンッ!
キキンッ!
怒り任せに剣を叩き返す。
レオルドのスピードにはギリギリ追い付いている。
あとは隙を待つだけだ。
〔特殊部隊、出動要請。至急集まれ〕
そこに響いた麗しい支部長の声。
まさかのいきなり出動?
眉間にシワが寄った。でも身体は止めることができない。
レオルドが止めないからだ。
楽しんで剣を叩き込んでくる。
「やめんかっ!!」
剣が触れあった瞬間に電流を流せば、レオルドは震えて動きを止めた。
「薔薇特殊部隊、出動だっ!!」




